現役医師、循環器内科医(Dr. I)が医療について、詳しくわかりやすく解説するブログ。 引用、転載は自由ですが、その際は必ず引用元を明記して下さいね!
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医療訴訟対策入門
第5回医療の未来を考える会」が
11月23日の祝日にありますよ。

『第5回医療の未来を考える会』


今までも、医療経営や制度などについて、
非常におもしろい勉強会をやってきましたけど。
今回のテーマは「医療訴訟」です。


メーンスピーカーは、医療訴訟に関しては
日本一の権威、と言っても良いくらい有名な
弁護士の、井上清成先生

良く引き受けてくれましたね。
個人が主催している勉強会なのに。

そしてもう1人は、眼科の医師で趣味は医療訴訟
毎週裁判所に医療訴訟の見学に行っている、
知る人ぞ知る峰村健司先生です。

これで3000円は、安いですよ、ホント。
他にも医療訴訟を専門にしている現場の弁護士も
参加してディスカッションする予定ですし。
こんな機会はめったにないですから、
是非参加されたら良いですよ!




テーマ:「医療訴訟対策入門」

開催:2012年11月23日(金)
時間:午後2時〜4時半(開場:午後1時半)
事前申し込み制


講演1:峰村健司先生
演題「医師の眼から見た医療訴訟の現状と問題」

講演2:井上清成先生
演題「医療訴訟対策入門ー刑事、民事」

横浜市大病院の患者取り違え事件、広尾日赤病院事件の
医療報道をきっかけに医療訴訟の件数が大幅に増えました。

近年は医療訴訟をめぐっては実際の法廷での証言よりも、
裁判の結果が独り歩きして、
医療現場の委縮を招いたりしています。

医療事故を巡っては事故調査委員会については医療事故
被害者方たちや日本医師会は法案の成立を求めています。

また、医療事故については民事事件でありながら、刑事
事件として検察審査会に対して起訴を求める動きもあります。

今回は、あまりこれまで知られていない医療事故の裁判
の実際と、司法で医療を裁くことについて考えたいと思います。

あまりこれまで知られていない医療事故の裁判の実際と、
司法で医療を裁くことについて考えたいと思います。



開催概要

テーマ:「医療訴訟対策入門

<日時>
2012年11月23日(午後2時~午後4時半)
開場:午後1時半~

<場所>
貸会議室プラザ 貸会議室プラザ 八重洲北口
東京都中央区八重洲1-7-4 矢満登ビル 5階-3号室
電話番号:03-3274-7788

アクセス:東京駅八重洲北口から外堀通りを渡り、
八重洲北口通りに入り日興コーディアル証券の並び
1階 CafeRenoir ニュー八重洲北口店

<地図>
『東京都中央区八重洲1-7-4 矢満登ビル』


参加費 3,000円(税込)
定員 70人(先着順)
申し込み開始 2012年10月03日 09時00分から
申し込み終了 2012年11月22日 18時00分まで
懇親会 午後5時~午後7時
懇親会場所   未定
懇親会費 4,000円程度(税込)
懇親会定員   50人(先着順)
主催     医療の未来を考える会

申し込みはこちらから!

『第5回医療の未来を考える会、申し込み』

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「生命の危険」でも点滴は違法
医療崩壊の原因として、「医療訴訟
というのもある、と言われています。

特に勤務医に多いのですが。
一生懸命に治療をしたのに、
結果が悪かったら、裁判で訴えられる。
という事になるのであれば、
勤務医なんか辞めてしまおう。

って思う人がたくさんいて、
結果、急性期の病院から勤務医がいなくなって、
医療崩壊を招いている、と
も言われています。

もちろん、医療崩壊の原因は
医療費不足とか医師不足とか、
他にもたくさんありますけどね。


ニュースになる医療訴訟は、
ほとんどが医師に関係するものですけど。
看護師や救急救命士が関係する
医療訴訟もあるんですよ。


今回紹介するのは、
医療訴訟ではないんですけど。
救急救命士点滴が「違法だ」
って話です。




救急救命士、「生命の危険」で
患者に違法点滴

愛知県常滑市は6日、同市消防本部の
男性救急救命士(38)が、交通事故負傷者を
搬送中に、救急救命士法に違反する点滴
行っていたと発表した。

同本部は当時の状況をさらに詳しく調査を
したうえでこの救急救命士を処分する方針。

同本部によると、救命士は2月7日、
常滑市内で起きた交通事故現場に出動。
負傷した男性(35)に、救急車内で
血流確保のための輸液を静脈に点滴した。

救命士は「大量出血で意識がもうろうと
していたため、搬送先の常滑市民病院の医師
連絡を取りながら輸液を行った」
と説明したという。

負傷した男性は病院で治療を受け、
現在は快方に向かっている。

救急救命士法の施行規則では、
心肺停止状態の患者に限って医師から
具体的な指示を受けながら、点滴や気管に
チューブを挿入して酸素を送ることができるが、
男性は心肺停止状態ではなかった。

同本部の事情聴取に対し、救命士は
「施行規則のことは知っていたが、
生命の危険があると思ったので輸液を行った」
と話しているという。
救命士は2004年に資格を取得した。

石川忠彦消防長は
「救命のためだったが、違法行為は遺憾。
病院とのやりとりを含めて、
当時の状況を検証していく」
と述べた。


『「読売新聞 :2011年3月6日』


全くの素人で点滴をする技術も
知識もない人が点滴をする。
って事だったら、止めた方が良い。
という事も言えると思いますけど。

心肺停止状態の患者にであれば、
点滴を取ることも出来る、
知識も技術もあって、訓練された人間。
というのが「救急救命士」ですから。

物理的に、点滴をする事は可能なんですよ。


>大量出血で意識がもうろうとしていたため

というのは、いわゆる「外傷性ショック」、
出血性ショック」という状態です。

心肺停止状態ではないんだけど、
このままいったら、血圧もどんどん下がって、
命に関わる状態です。

出血して、ショックになっている状態ですから。
最も良いのは、「輸血」をする事なんですが。
すぐに輸血が出来るわけではないですから、
それまでの間、出来るだけ早く、
たくさん「輸液、点滴」をする。
というのが、命を助ける為に、最も重要です。


医師救急救命士
そんな事はわかっていますから、
ルールがどうのう、とかそんな事よりも、
目の前の命を助けるために、必要な事をした。
という事だと思います。


救急救命士の施行規則では、
救急救命士は心肺停止状態の人以外には、
点滴を行ってはいけない。
という規則があるのは事実だし。
救急救命士がそれに違反した、
という事も事実でしょう。

愛知県常滑市から、そういう発表があった、
という事も事実ですから。
それを報道するな、と言うつもりはありませんが。

でも、「違法だ、違法だ」っていう報道じゃなくて、
規則には違反したけど、そのおかけで助かったとか、
助からなかったけど、すばやく点滴するしか、
助ける方法はないんだ。

規則には違反したけど、この救急救命士
目の前の命を助けようと一生懸命頑張ったんだ。
っていう伝え方をしていただけませんかね。

実際、
>負傷した男性は病院で治療を受け、
 現在は快方に向かっている。


という事なんですから。
もしかしたら、この救急救命士
点滴をしていなかったら、
命を落としていた可能性もある訳ですからね。

なんか、ちょっと寂しいです。

本来であれば、こういうケースは十分
想定できるものですので。
規則が間違っているんだから、
命を助けるために、規則を変えよう。

という報道がされるべきだと思います。

今回の報道をきっかけに、
そういう議論が起こってくれればありがたいです。
心臓弁膜症手術、青森で提訴
民事訴訟を起こす権利は誰にでもありますから。
医療に関してだけは、民事訴訟を起こす事を禁止する
なんて事はできるはずもないし、
そんな事を求めはしないんですけど。

マスコミには、報道する価値のある事だけ報道する、
とい事にしてもらえないものでしょうか。

それに、自分でも何を言っているのか
理解しないで記事にする、
というのは、やめませんかね。

どの新聞とは言いませんけど。
これなんかも、そうじゃないかな。


提訴:71歳男性死亡で遺族が県を訴え 
医師過失」損賠求め /青森

県立中央病院で心臓手術を受けた男性
(当時71歳)が医師の過失で死亡したとして、
遺族が県に慰謝料など約4600万円の
損害賠償を求める訴訟を青森地裁
(貝原信之裁判長)に起こした。

1月21日にあった第1回口頭弁論に県側は
出廷せず、答弁書で争う姿勢を示した。

訴状によると、男性は09年に心臓弁膜症と
診断され、人工弁を付ける手術を受けた。

手術中、心臓からの出血を理由に
約5時間半にわたって心停止状態にされたため、
心機能が低下して死亡したという。
【高橋真志】


『毎日新聞 2011年1月22日 地方版』



記事に書いてある内容が少なすぎて、
議論するにしても、想像の域を出ないんですけど。

ある男性が、青森の県立中央病院で
心臓弁膜症の手術を受けた。

という事は良いですよね。

そして、手術後、残念ながら亡くなった
という事も事実だと思います。

そいで、その理由というのが、
この記事を見る限りでは。

心臓からの出血を理由に約5時間半に
わたって心停止状態にされたため、
心機能が低下して死亡した


という事らしいんですけど。

心臓から出血しているのに、
心臓を動かしたら、助かったんですか?


と聞きたいですね、私は。

もしそうであれば、この記事は正しいんですけど。
そんな事、ありえるんでしょうか。

心臓というのは、血液を全身に送り出す
臓器な訳ですから。
心臓から出血しているのに、心臓を動かしたら、
ますます出血がひどくなると思います。

もしそうじゃなくて、心臓から出血しているのに、
心臓を早く動かしていたら、この患者は助かった。
というのであれば、この記事の内容も
正しいのかもしれませんけど。

そんな事、ありえないと思いますけどね。


例えば、明らかにやってはいけない事、
いわゆる「医療ミス」をしたために、
心臓から大出血してしまった。
そのために、患者さんは亡くなった。

という事であれば、そのミスした内容に
過失があるから、訴訟を起こした。
という話だったら、わからないでもないですよ。

手術をして、血が出るのは当たり前ですから。
出血というのは、「医療ミス」ではなくて、
普通は「合併症」なのですけど。

例えば、絶対に使ってはいけない医療器具を
使って、その結果として心臓から大出血した。
とか。

薬の種類を間違えた。
薬の量を10倍とか使ってしまって、
血が止まらなくなって出血した。
とか。
そういうのであれば「医療ミス
という言い方も出来るとは思いますけどね。

でも、心臓から出血が続いている状態で、
人工心肺を回しても、
出血が止まるはずはありませんから。

心臓を止めたまま処置を続ける、
という手技自体は、医療ミスとは言えない
と私は思います。
というか、心臓止めてないと無理でしょ、逆に。

まあ、確かに、心臓弁膜症の手術で、

>約5時間半にわたって心停止状態

というのは、普通の手術に比べて長いな。
とは思いますけどね。
ミスかどうかは別として。

でもだからと言って、心臓からの
出血が続いているのに
心臓を動かせば助かったはず。
というのは、全く見当違いだと思います。



医療だけとは限らないんですけど、
こういう民事訴訟の記事の弱点は、

>「訴状によると」
というように、情報ソースを「訴状」だけに
限定しているからなんですよ。

訴状」というのは、裁判を起こした方が、
一方的に主張している事。
ですからね、簡単に言うと。

両方から意見を聞いたから正しい、
という保障はもちろんないんですけど。
少なくとも、異なる意見を聞いて、
それを検討してから記事を書いた方が、
信憑性は増す、という事は言えると思います。

つーか、2つの異なる情報ソースから
情報を収集してから記事を書く。
というのは、マスコミの基本だと思うんですが。

医療に関して全くわかっていない記者が、
一方からの意見を鵜呑みにして記事を書く。
しかも、医療訴訟のほとんどは、
訴訟を起こすのは、患者や家族など、
医療とは関係ない人たちですから。

医学的にはおかしな話も多い、
というのは当たり前だと思います。
ですから、詳細に検討してから記事を書く、
という事が必要なのではないでしょうか。

医療記事は、専門的な内容が多いんだから、
もうちょっと、きちんと考えてから
やってもらいませんかねー。

やっぱり、無理なのかなー。

新聞と言っても、いろいろありますしね。
やはり、新聞社によっても違うんでしょうか。
トンデモ判決、減少?
最近、医療訴訟とかトンデモ判決で、
ブログのネタになるような記事が
減っているような気がするんですが。

やっぱり、気のせいではないんですね。
年々、医療訴訟の数も減っているし。
トンデモ判決も減っているそうです。

日系メディカルに書いてありましたので、
ちょっと引用させてもらいますね。



日経メディカル2010年11月号「特別対談」(転載)

この10年の医療訴訟のトレンド


今年6月、本誌の好評連載「医療訴訟の『そこが知りたい』」
に掲載した判例を中心に、
注目の47判例を解説した書籍を発刊した。

弁護士7人の執筆陣の中から平井利明氏と
桑原博道氏にご登場いただき、医療裁判史上、
激動の10年間を振り返ってもらった
(前・後編の2回に分けて掲載します)。
(司会は本誌副編集長・豊川琢)

_____________________________________


──連載「医療訴訟の『そこが知りたい』」
が1冊の本になりました。
何か感じた点はありますか。


桑原 古い判決を集めた判例集は
ほかにもありますが、本書は、
ここ10年ほどの裁判例を満遍なく取り上げ、
医療裁判のトレンドを理解できるように
仕上がったと思いました。

世間の医療不信が高まるきっかけとなった
事件も網羅しており、あらためて読んでみて
私も勉強になりました。


平井 医療ミスの有無を争った判例以外にも、
カルテ開示や医師の過労死などに関する
判例も盛り込まれており、医療現場において
それぞれの時代で何が問題になってきたのかを
把握できる書籍になったのではないでしょうか。

そもそも裁判の内容には、その時代の
世間の問題意識が反映されます。
こうした動向を感じ取れると思います。



医師の権威が失墜した10年

──印象に残った判例は。

桑原 やはり、47判例の中でも注目判決として
取り上げた横浜市立大の患者取り違え事件(※1)と、
都立広尾病院の注射器取り違え事件(※2)です。


当時は医療界に限らずあらゆる業界で、
安全と思われていたものが崩れた
時代ではなかったでしょうか。

代表的なところでは、2000年に起きた
雪印乳業の集団食中毒事件(※3)があります。
医療においては、横浜市立大事件と
都立広尾病院事件によって安全神話が完全に崩れ、
医師医療機関の権威が失墜しました。

さらに、患者の権利意識の高まりも加わって、
2000年代前半には医療訴訟件数が
急増していきました。


平井 世間の医療に対する不信を高めた
一因として、マスコミ報道もあるでしょう。

患者の死亡といった悪い結果が生じると、
すぐに医療機関の体質や医師の技量を
問題視し、“医療たたき”に近い報道を重ね、
世間の医療不信に拍車をかけた。

私は、「医療現場の実態が分かっていない」と、
憤りを感じながらいくつかの
ケースの報道を見ていました。

そんな中で医療界の不満が爆発したのが、
04年に生じた福島県立大野病院事件
(※4)だと思います。

産科医が臨床上標準的な医療を行ったのに
業務上過失致死罪に問われたことに対し、
医療団体など医療界全体が抗議しました。

この事件は、産科医が無罪となり検察も
控訴を断念したため、医療界は安堵しました。

実は産科医への刑罰についての判決以上に
われわれが注目したのが、
医師法21条に定められた
警察への異状死の届け出義務に関する
福島地裁の判断でした。

かつては、「医療過誤で
患者が死亡すれば必ず警察に
届け出なければならない」と思っていた
医療者は多かったのですが、
都立広尾病院事件で最高裁は異状死について、
「死体の外表に異状があった場合」と提起した
高裁判決を維持し、一定の方向性を示しました。


ところがそれでも、手術で腹部を切開していれば
「外表の異状」と考え、過誤がなくても
届け出なければならないのかなど、医療者が
判断できない部分が少なくなかった。

それが福島県立大野病院事件で福島地裁は、
患者の死亡の原因を「癒着胎盤」という
疾病と認定し、「過失なき医療行為を
もってしても避けられなかった結果なので、
異状と認められず届け出義務はない」
と、一歩踏み込んだ判断をしました。

つまり、「診療中の患者が診療を受けている
当該疾病によって死亡した場合は
異状死に当たらない」と判示したのです。

編集部注

※1:1999年に、患者2人を取り違えたまま
気付か手術を実施し、医師らの
注意義務違反が問われた事件。

※2:99年に、看護師が誤って消毒液を点滴し、
患者が死亡した事件。
異状死として届け出なければならない
事例の範囲も問題になった。

※3:2000年に雪印乳業の低脂肪乳を
飲んだ子どもらが嘔吐や下痢を
訴えたことで事件発覚。
最終的に約1万5000人が
食中毒になったと認定された。

※4:04年に、産婦が胎盤剥離の際に失血死し、
大量出血の恐れを認識しながら漫然と
胎盤を剥離したとして産科医が
検察に起訴された事件。
裁判所が異状死の
届け出義務についても言及した。



医療側の努力も訴訟減の一因

──福島県立大野病院事件の判決を境に、
医療訴訟の件数が
減少に転じたように感じますが。

平井 以前は、「医療は安全・安心なもの」
という幻想がありました。
そんな中、救急患者の“たらい回し”
事件などを機にマスコミも国民も
医療への不信感を強めたのです。



それが、医師不足など医療崩壊が
起きていることが、徐々に世間に認識されるように
なってきたのではないでしょうか。

実際、福島県立大野病院事件では、
逮捕された産科医が、医師不足のため
1人医長として勤務していた実態
などが広く知られました。
マスコミも一時期に比べると、“医療たたき”を
前面に出した報道をしなくなってきています。


桑原 医療側の医療安全への意識も
全く違ってきています。
横浜市立大事件を機に、医療ミスや診療に関する
患者との認識の違いを減らそうと努力する
医療機関が増えました。

万一医療事故が起これば、院内に調査委員会を
立ち上げて原因を調べる取り組みは
かなり一般的になっています。

患者に診療の方針や経緯を詳しく説明したり、
カルテに診療内容をしっかり書いたりすることも
医師の間に浸透してきました。

結果、「これはひどい」と感じるような医療事故が
減ったほか、医療側と患者側の事故に対する
認識の違いも埋まりつつあり、
訴訟に発展するケースが
少なくなっているように思います。


──患者が提訴する内容にも変化が見られますか。

桑原 裁判の争点は訴えた患者側が
設定することになるのですが、以前は、
医療側が「なぜこれで訴えられるのか」
と感じるおかしな争点がかなり多かった。

そうしたケースが最近ではだいぶ減っています。
患者側の弁護士もカルテを精査したり、
第三者の医師に相談したりして、
医療の実情を勘案して
争点を示すようになりました。

ただ、法曹人口の急増に伴い、医療知識が
あまりない弁護士が弁護を担当する例も増え、
的外れな争点が設定されて、
裁判で不毛な議論が延々と続くことも
依然としてあります。
弁護士の質によって二極化してきているのが
現状でしょうか。


平井 そうですね。単に
患者はかわいそうだから助けてあげたい」
という思いから、安易に医療訴訟
弁護を引き受ける弁護士もいます。

裁判の中で病院側が一番困るのが、
不毛な議論です。
医師はただでさえ忙しいのに、
それに付き合わなければいけないことほど
無駄なことはない。

その時間を多くの患者の診療に当ててもらいたい
というのが私の思いです。
弁護士も医療訴訟の弁護を手掛けるのであれば、
経験豊富な弁護士の指導を受けるべきです。


トンデモ判決”は減ってきた

平井 裁判所も、医療者をどん底に陥れるような
理解しがたい判決を下さないでもらいたい。
医療者が「そんなことで裁判に負けるのか」
と思ってしまうと、萎縮医療につながってしまいます。
それはひいては、患者の不利益にもなるわけです。

桑原 雑談していると、
こんなことを言う医師がいます。
「提訴された裁判についての書類が
勤務先の事務部門から届くと、
非常にがっかりしてモチベーションが下がる」と。

本書では、裁判所がどのような根拠に基づいた
診療を重視して判決を下したのかを
分かりやすく解説したつもりです。

多くの医師が本書を読み、
常に「根拠」を意識しながら
診療に携わってもらえるようになれば、
私も執筆にかかわってよかったと思います。

また、医療者の教訓になる裁判例だけでなく、
教訓にならない判決を盛り込んだ点も
役立つと考えています。


──判決内容も以前とは
だいぶ変わってきているようです。

桑原 裁判官が医療側の主張に耳を傾けるように
なりつつあるように感じます。

患者の死亡といった悪い結果や理想論だけから
判断されたら医療側は負けてしまう。

それが最近は、医療側にも何か理由があって
こう判断したのではないかと、考えを巡らす
裁判官が増えているのではないでしょうか。

結果、“トンデモ判決”が
目立たなくなっているようです。


平井 ただ、“トンデモ判決”を下す裁判官は
依然として存在するのは事実です。
こうした裁判官は常に不可解な判決を出すようで、
そういう実態があることも本書には記しました。


──過失と医療事故との因果関係の考え方も、
この10年でだいぶ変わってきました。

桑原 昔は、医療行為が
医療水準に反しているかどうか、
つまり過失があるかどうかが裁判で
重点的に検討されていました。

ただ、過失があったとしても、それが原因で
患者が死亡するといった
悪い結果が生じたのでなければ、医療側は
法的責任を負う必要はありません。

この「因果関係」が認められるには、
過失によって悪い結果が生じたという
「高度の蓋然性」、つまり高い可能性
証明することが従来から求められてきました。

ところが、診療した時点では既に回復しがたい
疾患に侵されていた場合など、
患者側がこの「高度の蓋然性」を
証明するのはかなり困難が伴います。
それができなければ、患者側は全く
損害賠償を請求できなくなります。

そこで2000年代に入り最高裁が判決で
言及し始めたのが、
「相当程度の可能性」という理論です。
過失と悪い結果との間に
「高度の蓋然性」はないが、その可能性が
相当程度あると証明されれば、
数百万円程度の慰謝料を認めるとしたのです。


不可解な「相当程度の可能性」

平井 ところが、この概念が非常に分かりにくい。
「高度の蓋然性」といえば80、90%程度の可能性
と考えられていますが、それでは
「相当程度の可能性」は何%なのか。
20%なのか、50%なのか。
法律家である私たちも分からない。

最高裁は、「相当程度の可能性」を因果関係の
程度ととらえておらず、それ自体を新たな法益
と考えています。

「悪い結果を回避できた高い可能性がなくても、
その可能性があること自体が利益だ」と。

ただ、その利益があることを
どうやって証明するのかと考えると、
結局、過失がなければ悪い結果を回避できた
程度が何%あったのかが必要になっちゃう。


桑原 現実は、裁判所が「エイヤッ」
と決めているような感じですよね(笑)。

平井 医療行為に過失があったら、
それを放置していいのかという、
裁判官の思いもあったのでしょう。

桑原 「相当程度の可能性」理論が出て以降、
「和解を進めやすくなった」
と話していた裁判官がいました。
「落ち度があったのだから、因果関係が
証明できないとしても
多少の賠償をしてくださいよ」と、
医療側に言いやすくなったそうです。


平井 過失と結果の間に確固とした
因果関係がないんだから、
ある意味、感覚論ですよね。

2000年代以前に、適切な医療を受けることを
期待する権利が侵害されたとして、
若干の損害賠償請求を認める「期待権」
理論がありましたが、「相当程度の可能性」
はその理屈を変えた感じでしょうか。
でも、かえって分かりにくくなった
と私は思います。

医療裁判をするときには、
患者側は弁護士費用など
それなりのコストをかけています。
悪い結果との関係はともかく、落ち度のある
医療行為を行った医療側が、その経費を補填しても
いいのではないかという感覚があるようです。


「相当程度」の適用は拡大?

平井 今後は、「相当程度の可能性」
理論がどのような悪い結果まで
適用されるのかが問題でしょう。

桑原 現在は患者が死亡した場合と、
重大な後遺障害が残った場合に適用された
最高裁判例がありますが、
より軽度な後遺障害にまで
対象が広がる可能性もあります。


平井 東京地裁の裁判官が、
「重大な後遺障害に限らず後遺症が発生した
場合でも、『相当程度の可能性』が証明されれば

適用していいのではないか」
と書籍に記しています。

これを考慮すると、医療行為を受けた患者
何かしらの実害があれば適用される
可能性はあると思われます。

ただその場合、後遺障害の程度が
何等級までなら認めるのか、ミスと思わしき
医療行為があったら軽微な後遺障害でも
損害賠償の対象となるのか
──などの問題が残ります。


桑原 適用される範囲に限度が
なくなる可能性もありますね。

──今後のその行方によっては、医療訴訟
件数がまた増えていく可能性はありますか。

平井 軽微な後遺障害であれば、
過失と悪い結果との因果関係が
認められても損害賠償額は
それほど高くはなりません。

だとすれば、仮に「相当程度の可能性」
理論の対象が広がっても、軽微な後遺障害では
患者側の訴訟費用を補填できるほどの
賠償額になるとは考えにくいので、患者側が
提訴しようと考えるのは
どこかで限度があると思います。

しかし、対象範囲があまりにも広がり、
例えば後遺障害が発生しないときでも、
医療側がやるべき医療行為を
しなかったからといって賠償責任が
認められてしまうと、悪い結果の有無を
問わないことになってしまう。

これはかなり恐ろしいことではないでしょうか。
こうした判断をしないように、
裁判官にはお願いしたいと思います
(後編に続く)。

(2010年10月18日東京都内で収録)

『日経メディカル、2010. 12. 9』


記事にも書いてありましたけど。
医療訴訟自体は、昔からあるんだけど。
マスコミ等で全国に広まって有名になったのは、
1999年に起きた横浜市立大事件
都立広尾病院事件の後。

その後、いろんな医療訴訟が起きて。
マスコミの医師叩きもひどくなって、
一番ピークになったのが、2004年の
福島大野病院の事件だと思います。

その後、医師ブログ等で仕方ない、
等の意見が徐々に出てきて。
救急車の「たらい回し」とか、
そういう言葉もはやったんだけど。

結局、原因なのは医師不足とか医療費不足
そういうのもあって、現場は大変なんだ。
という事が徐々にマスコミでも報道されて、
世間にも広まってきた。
そして、医療訴訟トンデモ判決も減ってきた、
という事なんだと思います。


最近は、「某大新聞」 v.s. 「某有名大学」
とか、そういうマニアックな戦いが
一部では盛り上がっているようですが。

それも訴訟がらみではありますけど、
基本的には医療訴訟とは違いますしね。


自宅で分娩していろいろあって、
最後に助けようと思った病院が悪者にされている、
っていう医療ネタはありますけど。
まだ訴訟にはなってないみたいですし。

医療訴訟医療ネタの話というのは、
新聞やテレビ、ネットの記事になっているのを
我々医療関係者が見て、それを解説する。
というのが、医師ブログの基本スタンスなんですけど。

一番ネックになるのは、情報不足なんですよ。
結構、医療関係者のネットワークというのがあるから、
記事になっていない情報が入ってきて、
それも参考にしてブログの記事を書く、
という事もあるんですがね。

それでも、どこまで信用して良いのかわらない、
というのがあって、なかなか難しいんですよね。
自分でも、今更ながら、良く書いてたな、
と思いますね、ホント。

今でも、バリバリ毎日の様に記事を更新している
医師ブロガーもいますけど。
尊敬しちゃいます。
絶対、すごい忙しいと思うのにね。


個人的に、医療訴訟で一番記憶に残っているのは、
福島大野病院」の事件です。

担当の医師が無罪判決を勝ち取ったのは、
約3年前なんですけど。
この時に、裁判には入れませんでしたけど、
福島地裁まで行きましたからね、私。

それと、ブログが炎上した「奈良大淀病院」の件。
今、どうなっているんでしょうか。
ちょっと、良くわかりませんけど。

この2つが個人的には、最も印象に残る
医療訴訟の事件です。

どちらも、医療崩壊が最も進んでいる、
と言われている「産科」の話だ、
というのは偶然ではないと思います。


ちなみに、この記事で取り上げられていた本。
医療訴訟の『そこが知りたい』」
これ、かなりおもしろいので、
皆さんも是非読んでみてね!
ちょっと高いけど。

医療訴訟の『そこが知りたい』」



延命治療の中止
川崎協同病院で1998年にあった、
延命治療中止」の有罪が確定しましたね。

個人的に、家族も本人も希望しないのに、
ずーっと人工呼吸器をつけていたり、
延命治療をするってのには反対です。

でも、今の法律では、一度人工呼吸器
つないでしまったら、どんなに家族が希望しても
下手したら医師が「殺人罪」で捕まる。
という可能性がありますから。
残念ですけど、医師人工呼吸器を止める、
っていうのは出来ないと思います。

最初から本人が延命治療を望まないし、
家族も望んでいない
、という事であれば、
人工呼吸器に繋がない」という事は
もちろん私もやっていないんですけど。

家族の意思も本人の意思もわからない。
という状態で、心不全が悪化しているとか、
肺炎でも喘息でもなんでも良いけど、
呼吸が悪くて人工呼吸器を繋ぐしか
救命できる方法はない。
というような患者は、
救急をやっていれば結構来ます。

ずーと前から、その病院にかかっていて、
何回も入院を繰り返していたりして、
事前に意思確認が出来ている人。
っていうのは、そんなに多くないんですよ。

という事は、それ以外の人はみんな
緊急の時には人工呼吸器を繋いだり、
といった延命治療をせざるをえない。
という事なんですよ。

大半の人が、延命治療をしてもらいたいか、
っていうと、多分そうではないんですけどね。

よくわからない場合は、救命治療のために
人工呼吸器を使うような延命治療をします。
後から、本人は延命治療を望んでいなかったみたいだ、
という事がわかったとしても、
下手したら医者が逮捕されますから。
もう、管を抜いたり、人工呼吸器を止めたり、
という事はできないんですよ。

残念ですけど、それが今の日本の医療の現実です。
これは、不幸な事だと思います。

戻る見込みもないのに、家族も本人も
延命治療を望んでいないのに、
一度人工呼吸器をつけたらはずせない。
というのは、誰にとっても不幸だと思います。
医療費も、相当かかりますから、
医療経済の面からも不経済です。

個人的には、もう戻る見込みがない、
という事が医学的にはっきりしていて。
本人、家族の意思も明確であれば、
仮に人工呼吸器がつながってしまっても、
それを外すのは構わない。
と思います。

でも、実際はそういう場面に遭遇しても、
機械を止める事はしていませんけどね、
もちろん私も。

いわゆる尊厳死に関しては、
私は賛成ですけど。
筋弛緩剤」を使う場合は、
薬で完全に呼吸を止めてしまいますから。
個人的には、ちょっと賛成できません。


医師の中では、川崎協同病院の
延命治療中止」で殺人罪で有罪
っていうのはちょっとおかしい。
という方も、かなり多いとは思うんですが。
私は、医師に関しても結構厳しい方だからなのか、
このやり方には違和感を感じます。

Bamboo先生が私と似たような考え方だったので、
このブログでも紹介させていただきますね。

「医療報道を斬る」、からです。
いつもお世話になっております。



明確な基準を

川崎協同病院の「延命治療中止」の
有罪が確定しました。
何で括弧付きかというと、私は延命中止ではなく、
やはり殺人だと思っていたから。

その根拠は筋弛緩剤の使用。
元気な人を殺す毒薬を使うのは
治療の中止などではなく、積極的な
殺人だという判断です。
でも、これは表面的な見方でした。

延命治療中止、有罪確定へ 
医師の免責、要件示さず 
最高裁が上告棄却 川崎協同病院事件 【1】
09/12/09 記事:共同通信社

川崎市の川崎協同病院で1998年、
昏睡(こんすい)状態の男性患者
=当時(58)=が気管内チューブを抜かれ、
筋弛緩(しかん)剤を投与され死亡した事件で、
殺人罪に問われた医師(55)の上告に対し、
最高裁第3小法廷は9日までに
「法的に許されない」として
棄却する決定をした。
懲役1年6月、執行猶予3年とした
二審東京高裁判決が確定する。

医師による終末期の延命治療中止の
違法性が刑事裁判で争われたのは異例で、
最高裁が判断を示したのは初めて。
医師の免責要件などへの言及はなかった。

決定は7日付。
5人の裁判官全員一致の意見だった。

田原睦夫(たはら・むつお)裁判長は
「必要な検査をせず、回復可能性や
余命を的確に判断できる状況でなかった。
回復をあきらめ、チューブの抜管を
要請した家族も病状の適切な情報が
伝えられておらず、抜管は
男性本人の推定される意思ともいえない。
法律上許される治療中止に当たらない」
と判断。
筋弛緩剤投与と併せて殺人罪の
成立を認めた高裁判決を支持した。

被告側は
「男性の意思を推定できる家族の
強い要請に基づき、チューブを抜いた。
法律上許される」と、無罪を主張していた。

決定などによると、男性は98年11月2日、
気管支ぜんそくの発作による
低酸素性脳損傷で入院。
意識不明となり、被告は同16日、
家族の要請で気管内チューブを抜いたところ、
男性が苦しむ様子を見せたため
看護師に筋弛緩剤を注射させ、
死亡させた。

一審横浜地裁は
「回復可能性があり、本人の意思表示も
家族の要請もなかった」と判断、
懲役3年、執行猶予5年とし、
二審は「家族の要請はあったが
男性の意思表示はなく、
死期も切迫していなかった」と判断した。


これだけ読むと、抜管して苦しんでいる
かのような体動が見られたので
筋弛緩剤を使ったようですが、
『判決文 (pdf)』を読むと、
事はそう単純ではなさそうです。

家族からの強い要請で抜管したら、
そのまま無呼吸ですぐに亡くなる
と思いきや、苦しみだしたので
複数の鎮静薬を投与、でも、
無効だった。

他の医師に相談したら
筋弛緩剤を使うよう示唆された。
そこで筋弛緩剤を使用した。
これが事実認定の内容のようです。

たぶんここはその通りなのでしょう。
一方で、脳波無しには予後の判定は
不能であるかのような判断がありますが、
これは法的脳死判定との混同じゃないでしょうか。

筋弛緩剤の使用は、言わばとどめを
刺す行為ですから、(現状では)
法的に許されないことに異存はありません。

でも、家族や相談に乗った医師には
何のお咎めもなく、何故ひとりの医師だけが
訴追を受けるのでしょうか。

主治医に罪を問うのなら、他の関係者にも
何らかの罪を問うのが筋だと思います。
(そうしろと言っているわけではありません)

判決では抜管自体にも違法性を認めています。
限りある医療資源を有効利用するためには、
死が免れない状況で、単なる延命のために
濃厚治療をすることは避けるべきです。
でも、刑事罰の恐れがあるのであれば、
濃厚治療を続ける他はありません。

やはり立法機関や司法機関が
きちんと基準を作り、現場に
それを示すべきです。
何の基準も示さず判断を現場に丸投げし、
後出しで、事例ごとに判断が変わる
裁判で裁かれるようでは、
現場は安心して仕事が出来ません。


『明確な基準を』



裁判所で認定された事が真実だ、
とは思わないんですけど。
判決文を信じるのであれば、
自分で呼吸していたのに、
筋弛緩剤が投与された、すぐ後に
呼吸が止まっています
から。

やっぱり、これは「尊厳死
とはちょっと言えないんじゃないでしょうか。
安楽死」という言い方もありますけどね。
でも、今の日本では、こういう行為は
ちょっと許されないかな、と思いますよ。
私は。

尊厳死」は認めているけど「安楽死」は認めない。
っていう国、結構ありますけど。
日本は「尊厳死」に関しても、
はっきり言って、まだコンセンサスを
得られていないですからね。


一回、自発呼吸が出て、人工呼吸器をはずして、
管も抜いていますから。
その後に、家族にしっかりお話をして、
再挿管しないで、そのまま
呼吸が悪くなったら亡くなった。
という経過であれば、問題ない。
とは思いますけど。

なんで、もう一回、挿管したんでしょうか。


この医師が有罪になった事に関しては、
賛否両論あるとは思いますが。
最高裁には「医師の免責要件」というか、
どういう状態だったら、人工呼吸器を止めてよいか、
気管チューブを抜いてよいか、っていう
基準」を出してもらいたかったですねー。

それがなかったんで、結局これからも、
無駄な延命治療が行われる事になりますね。
残念です。


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