現役医師、循環器内科医(Dr. I)が医療について、詳しくわかりやすく解説するブログ。 引用、転載は自由ですが、その際は必ず引用元を明記して下さいね!
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産科医の過酷な勤務実態
日本の医療崩壊の最先端は、産科、小児科、救急だ。
という話はこのブログでも何回かしていますが。

ついに、産科医の勤務実態
yahooのトップページに載りましたねー。



産科医の「過酷な勤務実態」が明らかに
―月295時間在院
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080930-00000005-cbn-soci


産婦人科勤務医・在院時間調査」
 
産科医が病院にいる時間(在院時間)は月平均295時間で、
緊急時の電話対応のための待ち時間(オンコール時間)は
同144時間であることが、日本産科婦人科学会
(吉村泰典理事長)の調べで明らかになった。

同会では、「病院産婦人科医の在院時間
非常に長いことが示され、いわゆる『過酷な勤務』の
実態の一端が数値として示された」として、
産科医の労働環境の改善を訴えている。


日本産科婦人科学会は9月29日、
産婦人科勤務医・在院時間調査」の
第1回中間集計結果を発表した。

調査は、同会の「卒後研修指導施設」となっている
750病院などを対象に7月から8月にかけて実施。
一般病院に勤務する産科の常勤医163人のデータを
年齢、性別などに分類した上で、「在院時間
オンコール時間」「当直回数」などを分析した。

それによると、産科医の平均年齢は42.1歳で、女
性が占める割合は26%。一か月平均の在院時間
は295時間で、オンコール時間は144時間だった。

年齢別に見ると、在院時間が最も長いのは
30歳未満(328時間)で、次いで40-44歳(308時間)、
45-49歳(291時間)。
オンコール時間は、50-54歳(195時間)、
30-34歳(155時間)、45-49歳(148時間)などの順だった。

在院時間」には、休憩時間、宿直時間、
時間外の診療時間などがすべて含まれ、
このうち時間外の診療時間は月平均117時間で、
当直回数は同4.1回。
当直回数は、あらかじめ定められた日に
当直した場合のみをカウントし、重症患者の対応などのために
臨時で泊まり込んだ場合は含んでいない。

同会によると、産科医の数が少ない病院で当直体制を取ると、
医師一人当たりの当直回数が多くなり、在院時間が長くなる。
また、オンコール体制の場合、帰宅後も
いつでも呼び出しに対応しなければならないため、
「その間は精神的緊張が持続する」としており、
「二十四時間体制」とも言える産科医
過酷な勤務実態があらためて浮き彫りになった。

今回の集計では、オンコール時間が
月500時間以上の医師が4人、
200時間以上の医師が22人いたという。

今回の集計結果について同会では、
「病院産婦人科医在院時間が非常に長いことが示され、
いわゆる『過酷な勤務』の実態の一端が
数値として示されたと思う。

また、その在院時間の長さは、医師の年齢によって
差が少ないことが分かった。
20歳代から40歳代後半まで、月間在院時間には
有意の差が認められなかった」としている。

その上で、「今後、さらにデータを集積するとともに、
勤務実態の施設間差を解析し、産婦人科勤務医の
勤務条件改善のための基礎的な検討を行っていく予定」
としている。


『2008年9月30日: 医療介護CBニュース』



産科医が病院にいる時間(在院時間)と。
緊急時の電話対応のための待ち時間(オンコール時間)。
合わせると、平均で

295時間+144時間=439時間ですか
1ヶ月で。

1ヶ月を30日とすると。
一日平均では、14.6時間ですね。
土日も合わせて。

待機の時間(オンコール)を除いて、
実際に病院で働いている時間でも月295時間。

労働基準法では、
週8時間x5日=40時間
という労働時間が基準で。

1ヶ月で時間外勤務の時間が80時間以上で3ヶ月
1ヶ月でも100時間以上だと、
いわゆる「過労死の基準」ですね。

>時間外の診療時間は月平均117時間

平均で、過労死の診断基準超えていますね、完全に。
しかも、厳しい方の基準、一ヶ月だけでも「過労死
と認定される、月100時間の方。

産科医をやっている限り、この労働時間は
基本的には続いていくわけですから。
1ヶ月、3ヶ月といわず、何年でも

もう、完全に過労死一直線でしょうかね。
しかも、これには、いつ呼ばれるかどうかわかんない、
オンコール(待機時間)は全く含まれない時間です。

平均が月に117時間の時間外勤務。
土日を含めても、オンコール(待機)の時間は
一日に14.6時間。


これが、産科医の過酷な勤務実態です。


45-49歳っていったら。
普通の会社だったら、完管理職とか。
現場にはあまりタッチしない立場なんでしょうけど。

>45-49歳でも、一ヶ月の在院時間は291時間。

これが、産科医の勤務実態です。


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医療裁判で真実明らかに?3
『医療裁判で真実明らかに?1』
『医療裁判で真実明らかに?2』
の続きです。

前回の分をまとめると。

なぜ産科医療が特に医療崩壊
先頭をきっているかといえば、
分娩は急変するし予見が難しいからです。

しかも、妊娠が許可されているような
若く健康である妊婦さんに突然起こる悲劇なので、
遺族の方にとっては容認できるような
状態ではないんですよ。

分娩は危険を伴うものなのですが、
日本では10万人に5~6人位しか命を落とさず、
身近に感じるような危険ではなくなってしまって。
分娩の安全神話」がまかり通ってしまった。

だから、いくら説明を尽くしても、家族が当初から
分娩が安全であると思っていれば、
結果が母体死亡である場合。
医療ミスではなくても、
遺族に理解してもらうことは不可能に近いんです

しかも、現在では、母体死亡はまず医療裁判になるので
産科医を志望する医学生は減り続け、
ベテラン医師、中堅医師の現場からの兆散が止まらない。
そういった理由で、産科医療崩壊は起きている。

というのが前半の話。

で、後半は
医療事故が起きたとき、遺族は、
何が起こったのか真実を知りたい
と、医療裁判を起こすのですが。

「正直に何があったのか事実を話してほしい。
でも正直に話せば、罰を受けますよ。」

と言っているのが、現在の医療裁判の論理です。

でも裁判になれば、医者といえども、日本国民ですから。
黙秘権」を行使することも当たり前にできます。
そしたら、「何が起こったのか真実を知りたい」
という願いは永遠にかなわないことになる、
という事もありえます。

そうではなくて、まず事実を知るためには、
そうすることで個人は不利な扱いを受けない、
という大原則を打ち立てて守らなければならない。

徹底的な情報の開示、透明性の確保がなされれば
医療者同士のかばいあい、はできないだろうし。
議論の質は落ちないだろうと思う。
医療界としても自浄能力が発揮されるだろう。

だから、そういう「新たな制度」を作る事が重要だ。
って話でしたね。


そいじゃあ、今日は更にその続きです。


  「医療裁判で真実が明らかになるのか」
―対立を超えて・信頼に基づいた医療を再構築するためにー
    2008.8.30   都立府中病院産婦人科部長
             桑江千鶴子


  
(5)病院勤務医師の労働環境の改善が急務
 
およそ医師という職業が国家資格として
認められたのは日本では明治時代からであり、
それほど歴史があるわけではないが、
その当時は医師と言えば開業医を指していた。
しかも開業医は全員産婦人科医でもあり
分娩を扱っていた。

例えば今年生誕100年を数えるカナダの作家
ルーシー・モード・モンゴメリーが書いた
「赤毛のアン」には、アンの結婚相手の
ギルバートという医師が出てくるが、
彼は日常的にお産に呼ばれていて、
いつも疲れている。

また「風と共に去りぬ」は南北戦争さなかで
南部の敗戦が濃厚になったころの
アトランタという都市が舞台であるが、
主人公のスカーレットは、従妹のメラニーがお産になる
といって野外で傷病兵を治療している
医師を呼びに行っている。

約140年前のことであるが、
当時病院勤務医はいなかった。
その後、医療の中身も劇的に変化して
病院勤務医が出現して、その数も多くなり、
開業医と病院勤務医の比率も変化した。

たとえば産婦人科であれば現在は
病院勤務医のほうが多い。
病院で提供する医療と、開業医が提供する医療
どの科でもそれぞれ異なるが、
その内容も年々変化している。

このような状態であるが、病院医師定数は
旧態依然としていて少なく、
実際の医療行為の量に比して不足している。
医師以外の医療従事者も不足している。

家庭や地域での怪我や発熱などへの
初期治療対応能力の衰えや、
高齢者と同居しなくなったからなのか、
高齢者の知恵が活用されなくなった
などの理由があるとは思うが、
「些細なことでも何でも病院へ」という流れが生じた。

これほど多数の救急患者を診る状態になったのも
最近のことである。
であるから、医師の労働環境については、
以前とは全く異なっている。

しかし、勤務条件を改善する努力については
まったく行われてこなかった。
ヒポクラテスの誓いにあるように
「金銭的なことは求めないという意識」、
「医は仁術」
「貧しい患者からは報酬は受け取らない
赤ひげのような医師が理想」
という意識が、医師個人の経済的なことや
勤務条件について交渉したり
不満の声を上げるのを禁じてきた。

「白い巨塔」で描かれたような大学医局のあり方や、
大学教授の絶対的権威と存在のもとで、
研修中の医師は医局の駒として動かされ、
教授が決定した派遣先には異議を唱えないこと
という暗黙の了解のもとに、勤務条件の悪い
公的病院・自治体立病院にも派遣されてきた。

医師が、医局の奴隷のような状態に甘んじた結果として
地域の医療が維持されていたという側面はある。
大学教授や病院長など医師のトップクラスが、
病院勤務医や大学病院勤務医の勤務条件を
改善する方向に動いてくれることもなかった。

この状態が平成16年度からはじまった
「新臨床研修医制度」で壊れたために、
まず勤務条件の悪い病院から医師引き揚げとなり、
医師不足が明らかになった。

大学医局や教授の権威も落ちていたため、
医師が赴任したがらない病院から医師不足が
始まったということもいえる。
24時間365日の勤務を余儀なくされる
激務の産科・救急・麻酔・小児科などから、
真っ先に医師不足が露呈した。

医師側の事情だけではなく
患者側の意識の変化もある。
以前のような「パターナリズム」が支配する
医療の状況では、患者の権利を
主張することもできなかった。

患者の権利意識の向上は、アメリカから始まった
黒人や女性の解放をめざす
「市民運動」の流れをうけたものと考えられるが、
それ自体は大変喜ばしいことであると言える。

患者の「自己決定権」や「納得と同意」にもとづく
医療の提供については、医療の質の向上や
均質化にも貢献し良いことだと思う。

しかし、実際の臨床現場では、自己決定に慣れていない
患者に対して、医学的知識も乏しいために
説明にも時間がかかったり、本人の病気への理解が
困難であったりして、混乱しているところもある。
いろいろな意味で、現在は過渡期なのだと思う。
今後、良い方向への流れとなるような努力が
双方に必要だと認識している。
 
 
現実の病院勤務医の生活について述べたい。
ある基幹病院の産婦人科医員の時間外労働は
過労死ラインと言われる月に80時間の
約2倍の160時間を数える。

つまり時間内労働を含めると
月320時間在院していることになる。
1か月24時間×30日=720時間のうちの
320時間ということは、生きている時間のおよそ44%、
半分近くを病院で過ごしているということになる。

その中には一端帰宅しても、患者が急変したり、
救急手術のために再度呼び出される時間が含まれている。
が、救急手術に備えて自宅で待機する
「オンコール制度」というのがあって、
その時間は含まれていない。

待機時間を含めて拘束時間を計算すると、
人生の大部分の時間を仕事に費やしていることになる。
精神的な拘束感覚は、実際の勤務時間以上だが
時間数にはあらわれない。

これでは正常な人間の生活や、家庭生活は営めない。
特に日本では働く女性への支援が
他の諸外国に比べてかなり貧弱であるので、
女性医師は妊娠・出産を契機に現場にとどまることは困難だ。

これは労働基準法で定められた
週40時間労働の約2倍という長時間労働である。
もし労働基準法を順守するのであれば、
在院時間だけで計算すると医師数は少なくても2倍必要だ。

しかしそのうちの半分は夜の仕事であるので、
夜勤を考えて交代制にすれば、
医師数は2倍以上必要となる。
現在、その時間外労働のほとんどの部分は無報酬であって、
「ただ働き」である。

医長・部長といった管理的立場の医師も、
仕事内容は管理ではなく外来・手術等実際の
臨床をしているが、時間外労働への対価はなく
「名ばかり管理職」でもある。

現在の病院勤務医は労働時間やその仕事の質や
リスクに見合わない低賃金労働者である。
しかし病院経営は7割が赤字となっており、
特に自治体立病院では8割が赤字経営と言われていて
一般会計からの繰り入れをいれても
赤字であることも珍しくないし、
そのほとんどは人件費であるために、
医師数の増加も賃金改善もできない。

また逆に、労働実態に合わせて医師定数の増加を定めれば、
ほとんどの病院はそれだけの医師を確保できないために
廃院せざるを得ない。
したがって病院勤務医は、根本的に
勤務条件を改善することもできない。

しかもこれほどの長時間労働を低賃金で働いていても、
ひとつ医療事故があれば裁判にかけられて、
民事であれば多額の賠償金を支払わされるし、
刑事では逮捕・勾留される可能性がある。

これほど割に合わない仕事はないとして、
産科をはじめとする激務の病院勤務医
職場を放棄しはじめたのが、医療崩壊の本質である。
すべてを今のままとして、医師だけに負担を強いる状態では、
過労のため集中力の低下が起こり、
ますます医療事故や医療過誤がおこりやすくなる。

また、医療側にも、医療事故を起こすのではないか
という不安やあるいは患者からのクレームの増加に対する
精神的負担も大きくあり、厳しい医療現場から
逃げ出してもいるし、うつ病などの病気で
働き続けられなくなっている医師も多い。

良質な医療を提供するためには、
まず提供側の人間は心身ともに健康でなければならないか、
あるいは健康を維持できるような
労働条件でなければならないだろう。

多くの病院勤務医が過労死をしたり、
過労のために自殺を余儀なくされたり、
うつ病になったりしている状態で、
どうして良質な医療提供ができるだろうか。

このような労働条件のもとで働いている医師
一瞬のミスも許さないというのは、
あまりに過酷であるし、現実的でもない。

まず、勤務条件の改善と医師不足の改善をしてから
はじめて医療事故のないあるいは少ない職場が実現できる。

そのためには病院でしかできない治療や検査に関しては、
少なくても病院経営が成り立つような
保険点数を付与するべきである。
入院診療にも相応の対価を支払い、
十分な医療スタッフを確保できるようにするべきである。

医療費全体のパイを増やして、患者さんは安全で
安心な医療を受けられるように、医師は現場から
逃げ出さなくても済むように、そのための
人員配置ができるような診療報酬を設定するべきである。

これから日本は未曾有の高齢化社会に突入するが、
高齢者は自分が病気になった時に、
快適に過ごせるような環境を確保するためには、
できる人はそれなりの経済的負担をすると思う。

高齢になれば、お金儲けには関心が低くなり、
健康問題には関心が高くなる。
それなりの環境で安全で快適な医療を受けるためには、
負担をいとわない人も多くいるだろう。

医療費の高騰を防ぐというより産業として
育成すると考えれば良い面もある。
医療周辺で生じるサービスをビジネスチャンス
と考える人も出てくるだろう。
新たな雇用の創出もできるだろう。

国民は医療への投資は容認すると思う。
何と言っても健康が維持できなければ、
働くこともできないし、人生を楽しむこともできない。

病気になったらすべてを失ってしまうのではなく、
また健康を取り戻して働くことができれば、
税金も納めることもでき、国は潤うわけであろう。

医療費は抑制するばかりでなく、
サービス産業と考えて発展的にとらえるように
出来ないのか、発想の転換ができないのかと思う。


(6)最後に・・信頼に基づいた医療を再構築するために

どのような仕事でももちろんそうだと思うが、
とりわけ医療医療提供者側と医療受給者側との
信頼関係がなければ成り立たず、
成果をあげることもできない。

しかるに現在のようなお互いに相手に対する
不信感に満ちている状態で、仕事をしてゆくことはできないし、
成果を上げることはできないだろう。

このような状態が続くことは、双方にとって
不幸で不利益以外の何物も生み出さないことは、
少し考えればわかることだ。

なぜこのような状況になったのかは別として、
対立を乗り越えるためには、
相手を理解できなければ乗り越えることもできないだろう。

医療提供者側の人間も医療受給者側になることもある。
医療受給者側の人間も、医療提供者が
身近にいることもあるだろう。
お互いを理解しあうことは不可能なのだろうか。

相手の立場に立って考えることはできないだろうか。
あるいは相互理解を阻むものは何なのか。

今まで考えてきた観点からの提案をしたいと思うが、
前提として以下のことが理解されなければならないと考える。


≪前提とする事項≫

医療の歴史は試行錯誤であり、
歴史的に進歩してゆくものであるが、
現在もまたその途中である」

「日本の医療の世界の中での位置づけは、
医療費・医師不足にもかかわらず
質量ともに世界のトップクラスの医療提供を実現している」

「低医療費の中身は、病院勤務医師
看護師などの数が少なく、
総じて人件費が低額であることが大きい」

「人間は不完全な生き物であり、
常に完璧を要求しても実現できない。」

「個人の問題だけではなく、体制の問題にする必要がある。」

「真実を知ること・再発を防止することと
懲罰感情・報復感情とは両立しない」

医療は本来障害的・致死的仕事であり、
それを不完全な人間が行うことが医療の本質そのものである」

医療事故は起こした側も、受けた側同様に
悲嘆にくれ悲しんでおり、その後の人生や仕事も左右する。
悲しみを共有し、短時間に事実を知り、
対策を立てることが共通の利益である。」

「現在進行している医療崩壊を食い止めることは
国民的課題であるし、お互いの利益でもある」

「信頼関係を構築しなおさなければ、
満足のいく医療を受けたり提供することはできない」


≪具体的な提案について≫

医療事故が起きたとして、事実を正直に話せるような
体制の実現―話すことが個人の不利にならないようにする」

医療事故は死亡例のみならず、すべての事例を対象とする」

「話された事実に基づいた専門家集団による調査の施行と報告」

「この段階であまりに些細な事例は排除される可能性を含む」

医療事故を受けた側の悲しみに共感し傾聴する機関の存在」

「専門家集団による調査経過・調査結果の開示。
その場合の透明性を確保する必要性」

「専門家集団の自浄能力の発揮・自律性の確保」

「再発防止策の提言と実現」

「犯罪との区別と警察の関与について」

医療事故被害者への経済的補償」

「悪質あるいは高度過失事例を行った医療者の
評価と研修、免許の取扱について」

「立法・行政・司法との対等で真摯な協議の努力」

医療提供者の健康被害の防止と
勤務環境の整備と待遇改善」

病院経営の健全化とそれによる適正な人員配置」

「信頼関係の構築に向けての相互の努力」等
   

医療は提供者側と受給者側相互の
信頼関係に基づいた契約関係であるので、
現在のような不信感に満ちた関係では、
実際の行為の医療崩壊だけではなく、
信頼関係の崩壊がその本質になってしまうだろう。

何とかこれを払拭して、新しく愛情と英知に満ちた
医療制度を作り、後世に残さなければならない。  

 
これから生まれてくる子供たちや、
育ってくる若い世代に向けて、医療提供者側と
医療受給者側、双方が100点満点ではなくても、
それなりに満足できる体制を再構築するために、
今後より一層努力してゆかなければならないと考える。

以上


『桑江千鶴子先生より』


医師の労働環境は、すごく悪い。
若手、中堅の平均的な医師であれば、
月に時間外労働80時間以上です。
この労働時間は、労働基準法でいえば、
過労死の基準のうちの一つだ。
という話は、何回かこのブログでも書いていますね。

しかも、この労働時間には、
当直」は、入っていませんし。
緊急で何かあった場合に家で待機する時間も、
もちろん入っていません。
欧米では、待機時間や当直中で、寝ている時間も
労働時間に入れる、っていうのは当たり前なんですけどね。

しかも、医者の場合は、患者の命を扱いますし。
一回訴えられれば、数千万円、場合によっては一億円以上、
っていう訴訟のリスクもあります。

お産を扱っている産科医であれば、
訴訟リスクは、年間1000人に14人
25歳で医者になって、このペースで40年やれば、
2人に1人は訴えられる、って計算ですね。
お産を扱う産科の医師の場合は。

ものすごい、訴訟リスクですよ、これ。
当然の事ながら、ストレスもすごいです。

日本は世界の中でも、自殺率がトップクラスの国です。
先進国の中ではトップで、
年間3万人の方が自殺で命を失っています。

自殺の動機・原因の一位、二位は、
健康問題」、「生活苦、経済的理由」、
なんですけど。
医者の場合は、簡単に言うと、
人の2倍働いて、人の2倍の給料」ですから。

経済的な理由で自殺する方は、ほとんどいません。
それなのに、医師の自殺率は、
他の職種の1.3倍も高い
んですよ。

参照:『医師の自殺率は30%も高い』

いかに、医師という職業には「ストレス」がかかっているか。
これを見てもわかると思います。


>ある基幹病院の産婦人科医員の時間外労働は
過労死ラインと言われる月に80時間の
約2倍の160時間を数える。


産科は、医師の中でも労働時間長い科ですから。
若い産科医でも、この位働いている方は、
結構いるのでしょうけど。

これって、本来あってはいけない事だと思います。
長時間働いたら、ミスが多くなる
っていう事は、明らかな事ですから。

患者の命を扱う医師を、医療ミスが出やすい状態にして、
そのまま何の改善策もとらない

というのは、明らかに「政策のミス」、と言えると思います。

産科医じゃなくても、研修医だったら、
このくらい働いてる人もいますけどね(笑)

『研修医の労働時間』


以前からこのブログで書いている通り。
医師を増やして、医療費も増やす。
医師以外の医療従事者の数も増やす。


そしたら、医師患者にもっと時間をかけて
接する事もできますし。
医療ミスも減ります


そうなれば、桑江先生も言っている通り、
医師患者との信頼関係を築く事ができますから。

それこそが、日本の医療を崩壊から救う、
唯一の手段
なのではないでしょうか。


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小松 秀樹 (著)

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加古川心筋梗塞事件、余波
医療裁判が、日本の医療崩壊の一因である。
という事は、以前からこのブログでも指摘していますが。
最近の医療裁判の中で、最も破壊力のあったのは、
皆さんご存じの「福島大野病院事件」でしょう。

福島大野病院事件は、ついこの間、
刑事事件での無罪は確定しましたが。
この事件で、加藤医師の逮捕により、
全国で産科医療の崩壊が加速しました。

医療崩壊を加速した医療裁判東の横綱
福島大野病院事件」とすると、
西の横綱は、「加古川心筋梗塞事件
ではないでしょうか。

奈良大淀病院事件」っていうのも、
最近の医療崩壊を加速度的に進めたもんだけど。
あれは、医療裁判のせい、っていうよりは、
医療報道」のせいですから。
個人的には、医療裁判の西の横綱は、
加古川心筋梗塞事件」だと思っています。


私は、循環器内科医なので。
心臓心筋梗塞は、専門なんですよ。
だから、「加古川心筋梗塞事件」に関しては、
このブログでも特に力を入れて書いてきました。

多分、Yosyan先生「新小児科医のつぶやき」
と並んで、日本で一、二を争うくらい、
詳しく書いてきたと思います。
Yosyan先生は、今日も記事を書いていますね。
「日曜怒話」

偶然、内部関係者からコメントをいただいて、
判決文が出る前に、その時の詳細を知ることが出来て。
その時に書いた記事、
「加古川、心筋梗塞事件。衝撃の事実」
は、かなり反響が大きく。
その後の判決文と比較しても、この内部情報が
正しかった、という事は言えたと思います。

「加古川心筋梗塞事件、判決文」
「加古川心筋梗塞事件、判決文2」


加古川心筋梗塞事件っていうのは、簡単に言うと。

病院にも人手が少ない日曜日に、
胸が痛いって人が来て。
いろいろ検査したら、心筋梗塞らしい
という事がわかったので。
循環器内科医もいない、心臓カテーテル検査、治療
もできない加古川市民病院では、対応できない


それならば、他の病院に転送しよう。
という事で、近隣の5病院に電話をかけたけど、
なかなか転送先が決まらなくて。
転送先が決まるまでに、一時間ちょっとかかった


その間に行った保存治療には、全く問題がなかった。
心筋梗塞と診断して、転送するまでに約一時間かかった。
心筋梗塞の診断後、転送まで一時間という時間は、
一般的な医療水準から考えると平均的な時間なので。
それに関しても、全く問題がない。

にも関わらず、いろんな病院に転送を依頼して、
結果的に転送が少し遅れて、その間に患者が亡くなった。
そしたら、全部病院の責任です。

という判決が出てしまったのですよ。


医師が100人いれば99人は問題のない医療」、
と思われる医療行為をしたのに。
なかなか転送先が決まらなくて、
転送先が決まるまでに、一時間ちょっとかかった。
なのに、裁判では、ほぼ全て患者側の訴えが認められて、
病院側は完全敗訴して、賠償金を払った。

しかも、加古川市民病院(加古川市)は控訴をしなかったので、
この判決が確定してしまった。
というのが「加古川心筋梗塞事件」の概要です。


そんな判決が出てしまった後。
神戸新聞によると、やはり現場では救急医療
支障が出ているようですね。



加古川市民病院、急患死亡で敗訴 
現場に波紋今も 


昨年四月に言い渡された一つの判決が
医療現場に波紋を広げている。

加古川市の加古川市民病院が、
心筋梗塞(しんきんこうそく)の急患に
適切な対応をせず死亡させたとして、
約三千九百万円の損害賠償を命じられた神戸地裁判決。

医師の手薄な休日の急患だったことから、
病院関係者は「医師不足の中で
患者を受け入れている現状を考慮していない」と反発。

救急患者の受け入れに慎重になる動きも出ている。
一方、医療訴訟に詳しい弁護士は
「過剰反応」と指摘する。
(東播支社・田中伸明)


「判決を理由に、救急患者の受け入れを
断る医療機関は多い」-。
姫路市消防局の担当者は打ち明ける。

以前は、専門的な治療ができなくても
重症患者を受け入れ、転送先が決まるまで
応急処置をしていた医療機関が、
受け入れに慎重になる例が目立つという。

姫路市では昨年十二月、十七病院から
受け入れを断られた救急患者が死亡した。
担当者は「判決が、救急事情悪化の
背景になったことは否めない」とする。

裁判は、心筋梗塞への専門的な治療体制を持たない
加古川市民病院の転送義務が争点になった。

二〇〇三年三月三十日、男性患者=当時(64)=が
息苦しさを訴え、以前かかっていた同病院を受診。
対応した医師心筋梗塞を強く疑い、
血管を拡張するための点滴をしたが回復せず、
来院の約一時間半後に他病院へ転送依頼。
しかし、その後容体が悪化、死亡した。

遺族側は、重症の心筋梗塞には管状の
「カテーテル」を挿入する治療法が欠かせないと指摘。
この治療ができない同病院は、ほかの医療機関へ
男性を速やかに転送すべきだったのに、
その義務を怠った-と主張した。

一方、病院側は、当日は日曜で他病院の
受け入れ態勢も十分ではなく、病院間の
協力態勢も確立されていなかったなどとし、
早急な転送は困難だった-とした。

判決は、患者側の主張を全面的に認め、
訴額全額の支払いを命じた。
病院側は控訴しなかった。

     ◆

判決は、病院の勤務医らの反発を呼んだ。

交通事故の重症患者を受け入れている
姫路市内の病院の救急担当医は
「自分たちで対応できる状態かどうか、
受け入れてみないと分からない。
能力を超えた場合、近隣で転送先を探すのは難しい」
と強調する。

山間部の小規模病院の医師
「専門的な治療体制がより求められるようになれば、
可能な限り患者を受け入れる
へき地の診療が成り立たなくなる」と話す。

近年の公立病院などでの医師不足は、
訴訟や刑事訴追の増加が一因とされる。

加古川市民病院の判決は、福島県立大野病院の
産婦人科医逮捕などと同様、医師向けのブログなどで
「不当」との批判が相次いでいる。

こうした動きに対し、患者の立場で
医療訴訟を多く手がけてきた泉公一弁護士は
「判決は、証拠に基づいた極めて妥当な内容。
医療側の過剰反応ではないか」と指摘する。

医療現場の事情についても判決は
十分考慮した上で、病院側の過失を認定している。
内容を精査せず、患者との対立をあおるのは
医療不信を招く」と冷静な対応を求めている。


患者死亡までの経過

2003年3月30日正午ごろ
 男性が息苦しさや嘔吐などを訴える
 午後0時15分ごろ 加古川市民病院に自家用車で来院。
 その後、心電図で心筋梗塞の疑い
同1時3分 血管拡張薬の点滴開始
同1時50分 高砂市民病院に転送受け入れ要請
同2時15分 同病院から受け入れ了承の連絡
同2時25分 救急車が到着
同2時30分 男性の容体が悪化し、心停止状態に
同3時36分 死亡確認


「神戸新聞 2008/09/20」



非常に残念な事なんですけど。
やむを得ないでしょうね、これは。

だって、
医師が100人いれば99人は問題のない医療」、
と思われる医療行為をして。
一生懸命に患者を受け入れてくれる病院を探したのに、
見つかるまでに時間がかかったら、
裁判では、完全敗訴しちゃうんですよ。

それだったら、裁判で訴えられて負けないためには、
「救急医療を行わない」
「救急患者を受け入れない」

という事しか、出来ないでしょ。


医療訴訟を多く手がけてきた泉公一弁護士は
「判決は、証拠に基づいた極めて妥当な内容。
医療側の過剰反応ではないか」と指摘する。

医療現場の事情についても判決は
十分考慮した上で、病院側の過失を認定している。
内容を精査せず、患者との対立をあおるのは
医療不信を招く」と冷静な対応を求めている。



「じゃあ、どこまでの医療だったら大丈夫なんですか?」
って、この弁護士の先生に聞いてみたいですね、是非。

加古川心筋梗塞事件で、患者を受け入れた医師は、
外の病院から当直に来た、5年目の消化器内科医です。

この医師が行った治療は、
循環器内科医の立場で、後からみたら、
100点満点の治療ではないですよ、もちろん。

5年目の消化器内科医で、循環器専門の医師
後からみても100点満点の治療が出来るなら、
そもそも、専門医の意味なんてないですからね。

循環器内科医が後からみても、合格点の治療
という意味です。

そういう治療をして、医師が100人いたら、
99人は問題ないであろう、という治療をした

そして患者を受け入れてくれる病院を見つけるまでに、
時間がかかった。

それで、裁判で訴えられて負けた訳ですから。

泉公一弁護士は、どういう治療なら
裁判で負けない、って言ってくれるのでしょうねー。
非常に興味があります。

病院を探すのに時間がかかったら、
それは病院とか医者の責任。
とでも言うんでしょうかねー。

>内容を精査せず、患者との対立をあおるのは
医療不信を招く


少なくとも、私は循環器内科が専門で、
判決文も何度も読み込んで。
専門家の目で精査したつもりですが。
読めば読むほど、納得がいかない判決ですよ、これ。

しかも、患者との対立をあおっている訳ではないですよ。
私を含め、多くの医師医師ブロガーは。

むしろ、こんな判決の後に、
>医療側の過剰反応

という発言をしたら、医療側が医療裁判に
不信感を持つ
ような気がしますけどねー。


あ、ちなみにこのブログは、医師循環器内科医
が書いている、いわゆる医師ブログですけど。
医師向けのブログではなく、一般人向けです。
大勢の医師にも読んでいただいていますけどね。


加古川心筋梗塞事件は、神戸新聞にも書いてある通り、
不当判決」、「トンデモ判決」だと思いますが。

この裁判には医療側にも問題があります。

具体的には、こんなとんでもない判決が出ているのに、
控訴しなかった加古川市民病院(加古川市)

そのおかげで、こんなトンデモ判決が「確定
しちゃいましたからね。
控訴して、高裁で覆ったのであれば、
こんな萎縮医療が起きなかった可能性もありますから。
加古川市民病院(加古川市)は、
神戸近辺の医療崩壊を招いた一因
と言えるでしょう。

それと、福島大野病院事件でもそうだったんだけど。
加古川心筋梗塞事件でも、医師に過失はない
って保険会社は言っているんですよ。
だって、医師100人いたら99人は過失無し。
っていう医療なんですからね。

だから、裁判になって賠償金を払え、
っていう判決が出ないと、保険金が出ない

という事になっちゃっているんですね。

そういう、医療側の問題、というのも
この裁判でも問題になっているという面もあります。


こんな判決が出るようであれば、
今後も、医療裁判が原因の、
萎縮医療、防衛医療は進みますし。
それによって、日本の医療崩壊は進みます。


これは、対立をあおっている訳でも何でもなく、
事実」です。



この裁判官がいかに医療の事をわかっていなくて、
むちゃくちゃな論理展開をしているのか。
っていうのは、
循環器専門医が内容を精査して書いた記事
「加古川心筋梗塞事件、判決文3」
「加古川心筋梗塞事件、判決文4」
これを読めばわかりますから。
是非読んでみて下さいね!

医学用語の解説については、
「加古川、心筋梗塞事件」
「加古川、心筋梗塞事件2」
なんかも読んで、参考にしてね!


心筋梗塞になりたくない人は、
これを読んで予防してね!
→ 「日本一わかりやすい!「糖尿病」
→ 日本一わかりやすい!「高血圧」


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落雷事故なのに個人の責任?
落雷事故で3億円賠償命令
って判決が9月17日にでましたけど。

落雷という自然災害で障害を負ったのに、
あたかも個人のせいで被害者になりました、って。
医療裁判とそっくりですね、この構図。
医療の問題と同じ様な事が、
学校でも起こっているんですねー。



落雷事故で3億円賠償命令
=「回避可能」、高校などに
-差し戻し審で高松高裁
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080917-00000092-jij-soci

大阪府高槻市で1996年8月、
サッカー大会の試合中に落雷に遭い、
重度の障害を負った私立土佐高校(高知市)の
元生徒北村光寿さん(28)と家族が、
同校と大会を主催した高槻市体育協会に
約6億5000万円の損害賠償を求めた訴訟の
差し戻し控訴審判決が17日、高松高裁であった。

矢延正平裁判長は「引率教諭らは落雷事故を回避できた」
として、同校などに総額3億円余の支払いを命じた。

矢延裁判長は「落雷は予見可能で、注意義務を怠り、
回避のための措置を取らず事故に遭わせた過失がある」
とした。
落雷事故で学校側の責任を認めた判決は初めて。


落雷の安全対策として裁判長は、
4メートル以上の高い物体の頂上を
45度以上の角度で見上げる「保護範囲」の
中に入ることが一般に知られていたと指摘。

その上で、グラウンド周囲には10~11メートル間隔で
高さ8メートルのコンクリート柱があったとして、
「直撃に遭う危険性は軽減されることが明らか」
と述べた。

さらに、教諭らが生徒を避難させたり、
試合の開始延期を申し入れたりすれば、
事故は回避できたと認定。
同協会についても「主催者として責任を負う」とした。

 
『2008年9月17日:時事通信』


明らかにこれ。
落雷で重度の障害を負ったんでしょ。

『医療裁判で真実明らかに?2』
でも書いた事だけど。

台風でも地震でも。
加害者がいなくても、人が亡くなる場合もあるんですよ。
もちろん、落雷でも。

医療であれば、加害者がいなくても、
患者さんは病気で亡くなる事もあります。


たしかに、亡くなったり、重度の後遺症が残った方は、
とてもかわいそうだと思いますよ。
それに対しては、なんらかの補償があっても
良いとは思います。

ただ、それを無理矢理個人の責任にして、
加害者」という烙印を押して、
その人とか団体に賠償金を払わす。
という事は、おかしいと思います。


自然災害の被害者が十分な補償が受けられなくて、
かわいそうだ。

というのは、国が自然災害の被害者に十分な補償をする
システム(制度)」がないから
なんじゃないですか?
国が自然災害に対して被害を受けた方に
十分な補償をするシステム(制度)を作らなかった、
国の不作為。

これが問題なんじゃないですか。

今回の件であれば、教員個人とか。
学校や主催者のせいじゃないでしょ。
明らかに。


落雷の安全対策として裁判長は、
4メートル以上の高い物体の頂上を
45度以上の角度で見上げる「保護範囲」の中に
入ることが一般に知られていたと


ホントですか、これ。
この裁判長は、12年前に
この事知っていたんですか?
周りの人も、みんな知ってたんですか?

こんな事を、12年前に知っていて。
かつ、実際の現場で個人の判断で
臨機応援に集団を全員、そういう所まで
非難させる事ができる人がいたんですか。

完全に、「後付け」でしょ、こんなもん。
医療裁判で言う「後出しジャンケン」ですよ。


被害者は確かにかわいそうです。
でも、裁判所っていうのは、
かわいそうだから」って
感情で相手にお金を払え、
って命ずる所じゃないでしょ。

最高裁が落雷事故の予見可能性を認定して、
高裁に差し戻した裁判なんですけど、これ。

最高裁が、単なる感情で物を決める所で良いんですか?



これが認められるんであれば。
落雷警報が発令されたら、
学校は全部休校
しなきゃいけないですねー。

だって、家から学校に行く時に、全ての道が、
4メートル以上の高い物体の頂上を
45度以上の角度で見上げる
「保護範囲」の中に入ってはいないでしょ。

落雷警報が出ていれば、「保護範囲」以外では、
落雷にあう可能性は予見出来ますから。
学校に行く途中に落雷
被害にあった人がいたら、
落雷を回避する注意義務を果たさなかった、
学校の責任
です。

会社でも、落雷警報があったのに、
出社禁止の命令を出さないで、
落雷で被害にあう社員がいたら。
その会社は、訴えられて
3億円払わないといけません。

もちろん、落雷警報だけでなく、
台風津波でも同じですよ。
被害にあう可能性が予見できるんですから。

警報が出たら、日本という国では、
全員外に出てはいけません。


という国になっちゃいますかねー。
この国は。


いつも学校が休校になって、
うちの息子が受験に受からなかったのは、
こんな判決を出した裁判官の責任だ。

って自分が訴えられたら、
ちょっとは考え直すのかなー。
この裁判官。


被害者がかわいそうだ
というのであれば、国がその被害者
十分に補償する「システム(制度)を作る」
って事が必要
なんで。

無理矢理、加害者を作って、
個人や団体に責任取って貰って、金を払わせる。
というのは、おかしいと思います。



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医療裁判で真実明らかに?2
『医療裁判で真実明らかに?1』
の続きです。

裁判っていうのは、医療裁判であれなんであれ、
合法的なけんか」ですからね、言い方を変えれば。

自分にとって都合の悪い事は証言しなくても良い、
という憲法でも認められた権利、「黙秘権」もあるし。

医療事故に遭われた方や遺族の方達って、
「何が起きたのか真実が知りたい」と言いますが。
現実問題としては、裁判をしても、
むしろわからない事が多い、というのが現状です。

それは、裁判というのはそういう「システム
なんだから、しょうがないんです。

そいで、桑江先生の話は、
医療とか、手術の歴史について。
それと、世界の分娩時の母体死亡率と、
日本の母体死亡率の比較


分娩で命を落とす母親は、世界の平均では250人に1人。
アフガニスタンでは10万分娩につき1900人

10万の分娩につき命を落とす母親は、
アフリカ全体では830人、アジアでは330人、
オセアニアでは240人、ヨーロッパでは24人
という数字であるが、日本では5~6人

日本は、スウェーデンと並び世界で最も安全に
分娩ができる国の1つなのだが、0人の国はない。


というのが、前半の話。
後半は、医療とはどういうものかっていう話で。

医療は、人間を器械を修理するように
治療するわけにはいかない。


人間は不完全であり、間違えることもあるが、
仕事が医療であるということと、
不完全な人間が医療を行うという現実は
変えることができない。

医療を仕事とした途端に、
神として振る舞うことを要求される。

その結果、医療崩壊が進んだ

という話でしたね。

そいじゃあ、今日は、その続きを書いていきましょうか。
いよいよ本題、「医療裁判」の話が出てきますよ。

   「医療裁判で真実が明らかになるのか」
―対立を超えて・信頼に基づいた医療を再構築するためにー
    2008.8.30   都立府中病院産婦人科部長
             桑江千鶴子

 

(3) 産科医療について

今回の福島県立大野病院事件について、
結果無罪が確定したとはいえ、我々産科としては
これで問題が解決したわけではない。

もし有罪であったら産科医療崩壊
加速度がついた状態で手の打ちようがなくなったと思うが、
今しばし時間の猶予があるかもしれない、
という状態になっただけで本質は何も変わっていない

と現場の産婦人科医は考えている。

なぜ産科医療が特に医療崩壊
先頭をきっているかといえば、
分娩は急変するし予見が難しいからである。

しかも、新しい命を生み出すという、
人間にとってあるいは人生でも最も喜びに満ちた瞬間が
得られるという期待があり、その期待が
一瞬にして打ち砕かれるという残酷な結果があり、
しかも妊娠が許可されているような
若く健康である妊婦さんに起こる悲劇
であるので、
遺族の方にとっては容認できるような
状態ではないからである。

病気という認識がないし、分娩が危険であるという
認識も昨今では失われているから
である。
これは近代産科学が血のにじむような思いをして
作り上げた結果であるが、
分娩の安全神話」がまかり通ってしまったためでもある。

本来の分娩は冒頭に述べたように、
実に危険を伴うものであるが、日本では
10万人に5~6人位しか命を落とさず、
身近に感じるような危険では
なくなってしまったからでもある。

そうは言っても日本ですら交通事故で死亡する確率と
同じくらいである
ので、それほど少ないわけでもない。


いくら説明を尽くしても、家族が当初から
分娩が安全であると思っていれば、
結果が母体死亡である場合には、
医療ミスではなくても、
遺族に理解してもらうことは不可能に近い


誰かの責任にしなければやりきれない、
娘や妻を失った無念の思いは晴れないのであろう。

現在では、母体死亡はまず医療裁判になるので、
面倒なことにはかかわりたくないとして、
産科を志望する医学生は減り続け、
また基幹病院特に公的病院からのベテラン医師
中堅医師の現場からの兆散が止まらない。
今回の無罪確定をうけても
現実の産科医療崩壊は止まらないと思う

 
私が現場にとどまっている理由は、
自分では先輩達が血のにじむ思いをして取得してきた
産婦人科医療技術を次の世代に渡したいからである。

医療技術は失うのは簡単だが、
今後取得することはもうできないと思う

日本の産婦人科は、外科もそうだと思うが、
技術的には世界的に見ても優れたものを持っていて、
私たちは先輩から誇りを持って教わってきた。

子宮癌における岡林術式―広汎子宮全摘術、
日本で完成された骨盤位分娩を安全に
経膣的に行う方法、やはり日本の辻先生が完成された
様々な経膣的手術、その他多くの医療技術は、
長い年月をかけて訓練され、
自分でも努力して習得してきた。

多くの産婦人科医が臨床を離れていく現場で、
このような技術は急速に失われていくと思われる

もし将来的によい時代が来るとして、
細々とでも炎が残っていれば、オリンピックの聖火のように
また燃え上がる炎にすることができるかもしれないが、
一度消えてしまえば二度と火をおこすことはできないだろう、
という思いが私を現場に留まらせている。
多くの外科系医師が私と同じ思いであろうと想像する。
 

産科医療は、短時間に急変して
母子ともに危険な状態になることを
他科の医師にすら理解してもらうことが困難であるので、
医療事故になる割合が高く裁判になることが多くても
孤立しがちであったが、大野病院の事故については
多くの医師の同情と共感と危機意識の共有ができた
貴重な経験であったと思う。

今後も、踏みとどまっている現場の医師は、
より良い医療を提供するために積極的に議論し、
新しい医療体制を構築してゆきたいと考えているし、
このような医師がいる間に
議論が煮詰まってくれることを念じている。
しかし、それほど時間が残されているとは思えない。


(4)「何が起こったのか真実を知りたい」にこたえるために

医療事故が起きたと仮定すると、
家族がその場に居合わせるということが
日常的には行われておらず、
特に手術室の中であったりした場合には、
その状況を正確に家族に伝えることが
現実にはできていない、という問題がある。

医療裁判を起こす理由として、
「何が起きたのか真実を知りたい」
という家族の願いがある。

裁判は真実を裁判で明らかにしてくれるだろう、
あるいは明らかにしてくれるに違いない、
という家族の期待がある。
そして、家族の医療側への不信感として、
医師は嘘をついている、カルテの改ざんが行われている、
医療は口裏を合わせてかばい合っているに違いない、
といった感情があるし、現在は、
残念ながらそういった事実もあるであろう。

しかし、ここで冷静になって考えて欲しいのは、
「正直に何があったのか事実を話してほしい。
でも正直に話せば、罰を受けますよ。」

という状況で事実を話すということが、
人間の性(さが)として有り得るのか、ということだ。

有名なワシントンの桜の木の話は、
お父さんの大事にしていた桜の木を誤って切ってしまった、
という事実があって、正直に話したら怒られるだろうから
話したくなかったが、正直に話したら、
意外なことに褒められた、だから勇気を出して
本当のことを話せばいいことがありますよ、
ということだ。

後にアメリカの初代大統領になるくらいの人物であるから、
普通の子供ではなかったであろうが、
それでも結果がまずくいっているときに
正直に話すということはすごく勇気がいることだという
逸話があるくらい、何か結果が悪く出たのを
自分で知っていて、正直に話すということは
大変苦痛を伴うことである。

「褒められる」というご褒美があるかもしれないから、
正直に話しなさい、と逸話はいっているのである。
これがご褒美どころか、正直に話せば話すほど
自分が罰せられるという状況
で、
医療という仕事をしているの
(はあなたが悪いの)であるから、
そのような罰則付きであろうが、
逮捕され勾留されるかもしれないが、
正直に事実を話さなければならない

と言っているのが、現在の医療裁判の論理である。

これでは、我々医療は苦しくて仕方がない。
こんなつらい仕事はやめてしまおう、
と言って現場を離れているのである。

人間の性(さが)を理解しないで制度を作れば、
破たんするあるいはうまく機能しないことは目に見えている。

いざ裁判になれば、自分に不利になる事実は
話さなくても良い、ということで人権が守られているので
黙秘権」が適応されるし、
行使することも当たり前にできる。

医療といえども日本国民であること、
人権が守られている存在であることは
何人も否定しようのない事実であろうから、
医療裁判でも黙秘権は行使できる。

しかしそうした場合には、
「何が起こったのか真実を知りたい」という願いは
永遠にかなわないことになる。


人間性についての理解が共通認識でなければ、
深い溝はいつまでも埋まらない。

まず何よりも、そこで働いている人・
かかわったすべての人に事実を
ありのままに話してもらうことが絶対に必要だ
というのであれば、「事実を正直に話してもらう」ためには、
そうしたところで個人は不利な扱いを受けない

ということを共通理解としなければ無理だと思う。

目の前に鞭を持っていて「正直に話せば鞭で打ちますよ。」
と言っていたら、人間は弱い存在であるので、
誰も話しはしないだろう、という想像力を持ってほしいと思う。

おおむね日本以外の国ではそうした制度になっていることは、
理由があると考えて欲しい。
ここで問題にしなくてはならないのは、
医療事故」は本当にその個人だけの責任なのか、
ということである。個人を罰すれば解決するのか、
それが最終目的なのか、それが再発防止になるのか、
という点についても考える必要がある。

裁判という手段は個人を対象にするのであるから、
どうしても個人を裁かざるを得ないが、
それが最良の手段であるのか、ということだ。

事実を知ることは基本である。
その上で、なぜ起こったのかを皆で考えて、
再発防止をするためにはどうしたらいいかを考える、
という道筋において、まず事実を知るためには、
そうすることで個人は不利な扱いを受けない、
という大原則
を打ち立てて守らなければならない。

もし、そういうことが共通理解になったら、
誰もカルテを改ざんしたりはしないだろう。
嘘をつく必要も、お互いをかばいあう必要もなくなる。

客観的に事実を知ることだけが真に必要であれば、
事実を話さないということに対して
罰則を設ければよくなる。


事実を話さないほうが不利な扱いを受けるのであれば、
事実を話さざるをえなくなるだろう。
人間性としては、その方がはるかに自然だ。

医療への不信感が払拭されれば、
もっとずっと医療事故についても受け止めやすくなるし、
その結果として事実確認も容易になり、
補償についてあるいは再発防止の話し合いに
すぐ移れると思う。

患者家族の悲嘆や悲しみを受け止める機関は
必要だと思うが、そこには失われたものへの
悲しみはあっても、医療への不信感が生じなくなるだけ、
まだ前向きな気持ちになりやすいのではないだろうか。

かかわった医療も結果が悪くでれば
平静ではいられない。
人間であるし、もともとそういう病気と向き合おうとして
医療従事者になっているのである。

動揺し、悲嘆にくれているのは家族ばかりではなく、
医療もまた動揺し悲しみにくれているのである。
そういった経験がその後の仕事や
人生に及ぼす影響も無視できない。

医療もまた深く傷ついているのだ。
医療事故裁判をきっかけに、
それが有責になっても無責であっても、
臨床医を辞めてしまう医師は後をたたない

こうして貴重な人材が裁判のたびに失われていく。

不利な条件でも積極的に患者の命を救おうとした
医療者ほど、リスクのある治療を引き受けるので、
結果として医療事故にあいやすい。

したがって辞めていく医師は深く傷ついて居り、
臨床現場に戻ることはない。

これは大変な損失と言える。
一人の熟練した医師を育てるのには、
大学医学部を卒業してからも、10年以上かかる。

そう簡単に補充できるような状態ではない。
後に続く医師は、そうした現状を目の当たりに見るので、
同じ道には進もうとしない。

そうではなく、もし、共通した悲しみに向き合うことが
個人攻撃なくでき、医療裁判という手段で
解決するという道がなくなるのであれば、
再発防止や保障の話し合いも積極的に進み、
医療レベルの向上にもすぐ取りかかれると思う。
貴重な人材を失うことも少なくなるだろう。

それなのに双方を対立させ、感情的に憎ませ、
怒りを持続させ、裁判を行っている間の
長い間に繰り返し現場を再現させることで、
その感情的対立は否が応でも激しくなる。

医療事故が起きれば、医療も当然反省したり
後悔しているし、あの時にこうしていれば良かったかもしれない、
ということも当然考えている。

そうした思いから次により良い治療に
つなげることもできるかもしれないし、
どうしたら防げただろうか、という対策に
つながると思うが、裁判になれば、
勝つことを考えなければならず、
そういう前向きな対策よりも
目の前の裁判のことだけしか考えられなくなる。

裁判にかかわったことがある人であれば
理解してもらえると思うが、そのために費やすエネルギーは
膨大でしかも負のエネルギーである。

時間もかかる。できるだけ短時間で事実を明らかにして、
どうしてそういう事故が起きたのかを検証できれば、
次につながる状況が作れるのにと思うと、
現在の状況は実に残念と言わざるをえない。
医療裁判は、双方にとって良いことは何もない。

 
被害者感情としては、
「懲罰感情」「報復感情」があると思うが、
医療への憎しみや怒りを、その個人に
刑罰を与えるという最終目的に置き換える、
個人を罰するということが達成されるということで、
家族は本当に満足するのだろうか。

あるいはそれが唯一無二の慰められる方法なのだろうか。
医療への憎しみや怒り・懲罰感情・報復感情と
「真実を知りたい」・「再発を防止したい」ということと、
両方の願いを一度に満足させ成り立たせることはできない。

前者を徹底させれば、おそらく医療現場に残る人間は
だれ一人いなくなる。
なぜなら人間は、完全でもなく完璧でもなく
誤りを犯す存在だからである。
現在でも、外科系診療科現場から医師は撤退し、
残っている医師も手術を回避したり、
少しでも危ない治療や検査はやりたがらない
状態になっており、そういう意味では
医療内容的にも医療崩壊が進んでいる。

医師がいなくなるばかりではなく、
その内容的にも崩壊が進行している。
大局的にみてどういう方法が真に国民のためになり、
できるだけ安全な医療をどうしたら再構築できるのか、
感情的にならずに議論するべき
と考える。

医療の進歩について考えると、医療裁判
これだけ増加していて委縮医療が進んでいると、
あらかじめ評価の定まった治療法しか
提示できなくなるし、うまくいかなかった症例を
皆で共有して改善しようという動きも抑制される。

そういう事例を提示すること自体が危険であるので、
誰も提示しなくなる。
今もそのような動きが進行している。
つまり医療の進歩にも赤信号がともることになる。
その影響の大きさは、しばらく時がたたないと
目に見えるような形にはならないだろうが、
そうなったときには立て直すにも
大変な時間と労力が必要になる。

医療事故が起きた原因が医療提供体制に
問題があるのであれば、体制を改善しなければならない。

その責任は、その医療施設の設置者あるいは
医療制度を整えるべき立場にある国
にある。

改善すべきところは改善し、正さなければならないところは
正さなければならない。
ただ、その個人に問題があることも当然ありうるが、
その時には評価して研修する制度をつくるなり、
その個人がその仕事にふさわしいか、
免許剥奪を最終手段として、そういうことなどを
判断することが必要となる。

医療に従事するにあたり必要な免許を付与しているのは
国であるから、当然国が中心になってそういった体制を
整えるべきだと思うが、その時に判断する中心となるのは、
専門家集団がそれにあたることが必要だろう。

医師であれば医師、看護師であれば看護師、薬剤師、
検査技師、放射線技師、等々。
どうしても専門的判断が必要になるし、
専門外の人間には理解しがたい事例は
必ず存在する。
専門家集団が責任をもって、その人物に対しての
評価や行った医療行為に対する判断をくだすにあたり、
ここでまたお互いをかばいあうのではないか
ということが不信感を持っていれば考えられる。

しかし、私は徹底的な情報の開示、透明性の確保がなされれば
そういうことはできないだろうと思う

専門家の中でも良心的な人達というのは必ずいるので、
情報が開示されていれば、明らかにかばっていれば
他から見てもおかしいので、少なくてもその時の
医療レベルについて真摯な議論はできる。

議論の過程が公開されていれば、
透明性が確保されているので、プライバシーには
配慮するとしても、議論の質は落ちないだろうと思う。


医療としても自浄能力が問われる事態となっており、
全力を尽くして自浄能力があることを証明しなくてはならない。
今後、お互いの不信感を払拭して、不必要で傷つけあい、
真実を明らかにするには実に不毛な裁判を
避けることができるのであれば、自浄能力を
いかんなく発揮して、このような制度を構築することは、
真にやりがいのある施策となるであろう。

立法・行政・司法とも協力して、このような
誰にとっても有益な制度を構築するために、
医療あげて英知を尽くし、新しい制度を作るべきだと思う。
 
医療という自分の仕事を利用して、
故意に人を傷つけたり、死に至らしめたりすることは
明らかに犯罪であるので、今までの議論とは
一線を画さざるを得ない。

こういったことが疑われる場合には、
警察の捜査が必要であろうが、警察への通報を
誰が行うかという問題は残る。
家族がいきなり警察に通報するというのも不自然であり、
通常は医療施設に訴えて判断してもらったり、
調査してもらったりするのが普通であろう。

その上で「この事例は医療事故ではなく犯罪だろう」とか、
故意に傷つけたり死亡させたりした疑いがあるのであれば、
警察の捜査がはいることになるのが自然だろうし、
その際に警察に通報するのは、
医療施設が行うことになるのが、
家族が納得する経過だろうと思う。
ただし、この辺については、
まだ議論の余地があるであろう。

『桑江千鶴子先生より』


福島大野病院事件をきっかけに、
医師ブログやインターネット等を通して、
「お産は必ずしも安全なものではない」
という事が、かなり広まったし。
ここ1年くらいは、既存のマスコミなんかでも、
そういった報道が広く行われるようになったし。
一般の人達もそう思っているんじゃないかなー、
と思っていたのですが。

桑江先生のこの文章

>現在では、母体死亡はまず医療裁判になるので、

というのは、ちょっとショックでしたね。

「お産は安全なものではない」、
という事は、医療関係者だけではなく、
昭和初期とか大正生まれとかの人達にとっては、
むしろ当たり前の事だ、と思われてはいるようですが。

若い方にとっては、「お産は絶対に安全だ」
という意識の人達の方が多いのでしょうかねー。

「お産は絶対に安全なものではない」
という事は、今の時代であれば、
お産の前に必ず医師は妊婦さんや家族に
言っているのだとは思いますけど。
それでも、裁判になってしまうのですね。
非常に残念です。


医療事故被害者」という言葉がありますけど。
じゃあ、医師は加害者なのか
っていうと、そうではないんですよ。

あくまでも、病気で亡くなった患者さん
という場合も、非常に多いんですよ、実際は。

台風でも地震でも。
加害者がいなくても、人が亡くなる場合もあるでしょ

医療での被害者にも、加害者がいない。
という場合も、あるんですよ

というか、加害者がいない場合も、
相当たくさんあると思います。

お産の場合は、亡くなる方が健康で
若い方が多いですから。
亡くなって残念だ、という考えも非常に良くわかるのですが。

医者や病院が悪くなくても、患者さんが
亡くなる場合も多いのですからね。

そういう時に、遺族の方からの
怒りの矛先が医師や病院に向かってしまって。
結局、医療裁判になってしまった。

裁判になると、システムの問題上、
真実がわからない場合も多いですから。
結局、遺族の方達も納得できない。

医師の側も、加害者ではないのに、
加害者として扱われて。
裁判で、ものすごい労力を使って、疲弊する。
マスコミで犯罪者の様に報道されたら、
それだけで疲れ切ってしまって、
医療の現場から逃散してしまう。
という事も、実際にはありますよね。

そんな事になったら、結局は、患者の為にも
国民の為にも、医師の為にもなりません。

そうならないためには、
裁判以外の別のシステムを作る、
という事が重要だと思います。

無過失保証制度とか、
医療事故(安全)調査委員会とか。
そういうのが、そうなるんでしょうか。

方向としては、正しいのだとは思いますが。
各論に入ると、
「なんか別の方向に行っているんじゃないかなー」
というのが、個人的な感想ですね。


『「大学病院のうそ」 ~現役医師(Dr. I)が暴露する、大学病院の秘密』

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医療裁判で真実明らかに?1
医療事故に遭われた方や遺族の方達って、
たいてい同じ事を言われますよね。
「何が起きたのか真実が知りたい」
って。

もちろん、これは事実なんでしょうけど。
裁判っていうのは、医療裁判であれなんであれ、
「合法的なけんか」ですからね、言い方を変えれば。

法律にのっとって、お互いが自分の主張を言い合う。
そして、自分が勝つために、
相手の弱点を責めたり。
自分にとって都合の悪い証拠は、
証拠として採用しない、とか。
そういう事が、裁判では行われます。

自分にとって都合の悪い事は証言しなくても良い、
っていう権利は、「黙秘権」って言いますけど。
これも、広く知られている権利ですよね。

そういうのは、法律で決められた権利ですから。
良いとか悪いとか、そういう事ではなくて。
医療裁判でも、になっちゃったら、
真実は明らかにならない事も多いんですよ。

だって、そういう風に出来てるんだから。
システムが。

最近読んだ、ヒューマンエラーの本にも
書いてあった事だけど。

真実を知ろうと思ったら、当事者に
本当の事を語ってもらわないといけません。
その為には、ミスした事を罰するのではなく、
真実を語ったら、むしろ罰する事はしない。
という事をしないと、駄目なんですよ。

当たり前ですよね。
ミスをした事がばれたら、罰を受ける。
って事になれば、隠しますよね。

まあ、全員がそうだ、って訳ではないけど。
多くの人はそうだと思います。

それは、人間として良いとか悪いとか。
そういう問題ではなくて、「システムの問題
だと思います。

航空事故とか、アメリカのNASAとかでも、
事前に真実を語った場合は、
それに関しては罰を受けない。

というルールがあるから、
みんな真実を話すんですよ。
後から嘘ついた事がばれたら、罰を受けますからね。

医療裁判でもなんでも、裁判では、
自分が真実を語って、その結果、
自分が有罪になるかもしれない。
という事であれば、普通の人は、
真実を語りませんから。

当事者が自分に不利になるかもしれない、
という事に関しては証言しない。

というであれば、真実は明らかになりませんよね。

それは、しょうがないんですよ。
裁判っていうのは、そういうシステムなんだから。


そういう事は、以前から私も思っていた事なのですが。
もっと詳しく書かれた文章があったので、
ここで引用させてもらいますね。

桑江千鶴子先生っていう、産婦人科の世界では、
非常に有名な先生の文章です。

4/12に日比谷公会堂で行われた、
医療議連総会記念シンポジウム(医療議連)で、
「福島大野病院事件で加藤先生が有罪になったら、
私は産婦人科を辞める。」

と言われた先生ですね、この方。

その時の様子は、ちらっとこちらの記事。
『4/12、医療議連に参加しました』
と、桑江先生の発言内容に関しては、
「産科医療のこれから」
『「産科医療崩壊の危機打開と男女共同参画社会の実現へ」 
by 桑江千鶴子先生』


に書いてありますんで。
こちらも参照してください。


今回引用するのは、「ロハスメディカルブログ」
『桑江千鶴子先生より』
からです。
いつもお世話になっております。



   「医療裁判で真実が明らかになるのか」
―対立を超えて・信頼に基づいた医療を再構築するためにー
    2008.8.30   都立府中病院産婦人科部長
             桑江千鶴子

 
医療事故にあった方あるいはその家族が、
異口同音に言うこととして
「何が起きたのか真実が知りたい」
「二度とこのようなことが起きないようにしてもらいたい」

ということがある。

この思いに対して異論のある人は
医療提供者側にも医療受給者側にもいないだろう。

このことを深く考えるにあたり、
今回無罪になったとはいえ、
福島県立大野病院事件
実にいろいろなことを提供してくれた。
私は、現在産婦人科臨床現場に身を置く医師として
以下のように考えている。


原点は、「どうしたらより良い医療
受けることができるだろうか。」
「どうしたらより良い医療を提供することができるだろうか。」

というのが医療受給者・提供者の
共通の思い
であるということだ。

およそ人間が生きている社会において、
病気や怪我は必ずあって、できればそれを
治して寿命をまっとうしたいという人間の欲望があり、
それを治してあげたいと思う人間がいる限り、
医療は存在する。

しかし、時代や国によってその医療内容
大きく変化している。
根源的な問題から考えない限り、
医療提供者側医療受給者側
寄り添うことはできないだろう。

本来ならば、共通の敵は病気であり怪我であって、
協力して戦うべき同志
であるのにもかかわらず、
現在の日本では、医者と患者は
敵対していがみ合っている。


日常的にそうではなくても、少なくても
ぎすぎすした関係であることは間違いない。
このような状況が、双方にとって
良かろうはずはない。
もう一度原点に戻って、考えてみたい
というのが私の提案である。


≪内容≫
(1) 現在とは―縦糸と横糸の交わるところ
(2) 医療とは何か
(3) 産科医療について
(4) 「何が起こったのか真実を知りたい」にこたえるために
(5) 病院勤務医師の労働環境の改善が急務
(6) 最後に・・信頼に基づいた医療を再構築するために
  前提と提案



≪本文≫

(1) 現在とは―縦糸と横糸の交わるところ

およそ物事を理解する方法はいろいろあると思うが、
縦糸である歴史的視点と横糸である
世界的視点は重要である。
現在の日本は、その両方の糸が交わったところである
と考えれば、置かれた状況が理解しやすい。


人類の歴史上で、麻酔薬が発見されて、
痛みのない状態で手術が受けられるようになったのも、
気管内挿管という技術で全身麻酔が
かけられるようになったのも比較的最近のことである。

このあたりの歴史的事実については、
「外科の夜明け」トールワルド著
(現在絶版―新刊書としては
「外科医の世紀 近代医学のあけぼの」)に詳しい。

日本人として誇るべきだと思うのは、華岡青洲は、
当時日本は鎖国していたので
世界的には知られていないが、
アメリカのロング医師1842年にエーテルを用いて
手術をしたその38年も前に、麻酔薬を自ら作成し、
全身麻酔をかけて乳がんの手術を行っていた
天才であったということだ。
1804年のことである。

麻酔が使用できるようになっても、
副作用も大きかった。
華岡青洲母親と妻が人体実験として
自らの体を提供して、妻が盲目に
なってしまったのはその一例である。
(「華岡青洲の妻」有吉佐和子著に詳しい。)
麻酔もさりながら、気管内挿管という技術を
確立するまでは、大変に苦労している。

開胸すると肺がしぼみ手術できなかったので、
肺がんの手術はできなかった。
手術する部屋を陰圧にしてみたが、
開胸すると肺がプシューといってしぼんでしまい、
患者が死んでしまうというような
試行錯誤を繰り返していた。

気管内挿管という技術を確立して、
安全に全身麻酔をかけられるようになったのは、
比較的最近のことである。

1869年(明治2年)Trendelenburgが始めた時は、
気管切開をして管を気管に挿入して行った。
その後1880年(明治13年)Macewenが
経口的挿管をはじめておこなった。

日本で林周一らがはじめて気管内挿管を行ったのは、
1949年(昭和24年)つい60年前のことである。
外科医が手術を比較的安全にできるようになっても、
たとえば腸を縫合するという一例をとっても、
いくら縫い方を工夫して縫っても、
縫合不全で腹膜炎となって死亡するという
試行錯誤を繰り返し、やっと
「アルベルトーレンベルト縫合」を発見して
腸の縫合が比較的安全にできるようになった。

このような例は枚挙にいとまがない。
医療は試行錯誤の歴史でもある。
どんな治療も試行錯誤なくしては
発達してくることはできなかった。
どんな標準的治療法であっても、
その治療法が確立するまでには、
大変な数の施行錯誤があったであろう。

ただ理解してほしいのは、ほっておけば
確実に死んでしまったり、苦痛からまぬがれ得ない
患者を治そうとしての試行錯誤であったのであり、
治療法ができればたくさんの人の命が
救われる
ということである。

そして、現在行われている医療も、
その歴史の流れのなかのひとコマに過ぎないし、
これからも医療は進歩し続けるということである。

医療内容は変化し続けるし、
新しい病気は常に発見される。
それに対して新しい治療法を施行錯誤して
確立してゆくことは変わりない。

すでに確立して今後も変化しないであろう
治療法も多くあるだろうが、しかし、
私が大学医学部で勉強した当時の治療法は、
現在行われていないものも多い。

治療法は変化してゆくので、常に最新の治療を
提供するということは理論上の考えであって、
それが最善であるかどうかは時がたって
評価が定まらないとわからない。


出ては消えてゆく治療法もまた綺羅星のごとくある。
歴史的にあとから振り返って評価しなければ、
わからないことがたくさんある。

人間のやることは不完全であり、
現在目の前にいる医師もまた
歴史に流されている一人に過ぎない。

医療の歴史への理解と、人間の不完全性への
理解を共通認識としなければ、
医療提供者受給者とは話し合いの
テーブルにつくこともできない。


医療が発達してきた歴史を無視することはできないし、
これからも試行錯誤を繰り返して
医療は発達してゆくものである。

それを理解しないでは医療の恩恵
そのものが受けられない。
現在でも手術は絶対安全というわけではまったくないし、
結果はやってみなければわからない。


およそ外科系医師であれば、
誰でもが思っていると思うが、
手術はやってみなければわからないものであり、
絶対に治る「神の手」は現実にはありえない。

誠実で良心的な医師であればあるほど、
謙虚にならざるを得ないのは、
相手は人間で自然そのものなので、
我々人間の英知の及ぶものではないからだ。

現代でも「神がこれを治し、医者は包帯を巻く」
ことには変わりない。
人間の体は複雑で、わかっていないことばかりである。

例えば私の専門の婦人科手術に関しても、
骨盤内の解剖でも十分わかっていないのである。
それでも手術をしなければならない状況であり、
実際に婦人科癌の患者さんがいたとして、
解剖が完全にわかっていないからといって
手術しないということはできない。

わかっているところまでで治療せざるを得ないし、
それでも手術をして癌が治ることも多い。
医療はかくのごとく不完全なものであることを、
医療受給者側は理解してほしいと思う。



また世界に目を転じてみれば、医療体制
sicko」(2007年マイケル・ムーア監督アメリカ映画)
を見てもわかるが、国によって全く違う体制をとっている

アメリカは完全に資本の論理
保険会社の論理で医療提供を行っており、
一度重大な病気になったら破産することも多い。

重大な病気でなくても、中産階級で
保険料を支払っていても、虫垂炎の手術や
出産費用で破産して、路頭に迷うことは
多々あるということだ。

「ある愛の詩」というアメリカ映画でも、
白血病になった妻の治療費を工面するのに、
夫は仲違いしていた金持ちの父親に
お金を借りに行っていたが、
夫は成功している弁護士であった。

それでも白血病の治療費は出せなかったのであろう。
お金があれば、確かに最高水準の病院で
医療を受けることができるので、
お金持ちには良い制度と内容の医療であろう。

反対に、医療は国が提供していて
医療費の自己負担は無いかほとんど無いという国
も多い。

先進諸国と言われる北欧の諸国、英国、
フランス
、先進国ではないがキューバなど。
質に関しては、その国で医療を受けた人の
書いた本などを読むと、医療費の自己負担があるかどうか
という問題は別として、
日本と比較して羨ましいということはないし、
平均的な治療という意味では、
日本の医療はそのアクセスの良さもさりながら
量・質ともに世界でもトップクラスである。

日本は世界の中でも、
国民皆保険制度」のおかげで、比較的安価で
質の高い医療を受けられる良い国である。

近年WHO(世界保健機構)の健康指標で
日本が第一位
になったのは記憶に新しい。

女性の平均寿命が世界一で、
男性は下がったとはいえ第3位であることは、
医療の水準や医療体制と無関係ではない。

外来患者さんの中には、普段は外国に住んでいるが、
医療特に手術だけは日本で受けたいと言って、
日本に帰国して受診してくる人が結構いる。


私の専門である産婦人科に目を転じてみれば、
分娩で命を落とす母親は、ユニセフの統計によれば、
世界の平均では250人に1人
である。

言い換えれば10万分娩につき
400人の母体死亡が世界の平均
である。
アフガニスタンでは10万分娩につき1900人、
52人に1人
であり、これは医療介入がなければ
こうなるという数字である
(最新の数字は8人に1人であり悪化している)。

新生児死亡や死産はもっと多い。
母子ともに、いわばお産で死ぬのは自然現象であり、
現地では誰も文句は言わない。
10万の分娩につき命を落とす母親は、
アフリカ全体では830人、アジアでは330人、
オセアニアでは240人、ヨーロッパでは24人

という数字であるが、日本では5~6人である。

日本は、スウェーデンと並び世界で最も安全に
分娩ができ国の1つ
であるのだる。
しかし0人の国はない

母子ともに分娩で命を落とすのは、
いわば自然現象の一つであり、
それを救えない医師のせいではない。

日本ではこの数字を実現するために、
多くの人が長い間努力をしてきた。
母体死亡の世界の平均的数字は、
日本では昭和の初期頃に相当
する。

歴史的にも、世界的にも、
日本の産科医療は進歩し続けて実力をつけ、
世界のトップクラスの成績を実現してきたと言える。
産科医が減っている現在でも、
臨床医は母体死亡を0にするべく努力をしているし、
新生児死亡や障害を無くしたいという思いで
働いていることは、現場にいる私は良く分かっている。

しかし現実的には、今後これ以上の
成果を出すのはかなり困難であろう。
産科医が減っていて産科医療崩壊
現実のものとなった今では、
歴史が逆戻りすることも予想されていて、
医療立て直しは待ったなしの状況にある。


(2) 医療とは何か

仰々しくこのような命題を持ちだしたのは、
本来の医療という仕事を考えた時に、
その本質を理解しないと、やはり深い溝が
埋まらないと思ってのことである。

例えば、癌を治すために使う抗がん剤は、
本来は人間の体にとっては毒である。
癌を治すために使うものといっても癌を発生させる
発がん物質ですらある。

放射線治療も同じことで、癌も治すが、
二次的に癌を発生させることもある。

というのは、主作用と副作用という
人間の体にとっては相反するような
作用を持つものであるが、
副作用のないはない。

また他の病気では重大な副作用であっても、
他の病気ではその副作用が主作用であることもある。

例えば、サリドマイドという有名なは、
本来は睡眠であるが、このを服用した
妊婦さんから生まれた赤ちゃんに
四肢の奇形が発生することがわかって、
今は妊婦さんへの使用は禁忌(使っちゃ駄目な事)である。

しかし、そのの副作用と考えてもいいであろうが、
多発性骨髄腫という血液癌の一種への有効性が
1990年ごろに確認されて以来、
患者さんを救っている。

そういうこともある。サリドマイドが発売されてから、
服用している妊婦に四肢の奇形の赤ちゃんが
多く生まれるということに気がついた医師がいたが、
まさにそのサリドマイドが胎児に奇形を起こすことを
証明することが難しく、当時大論争になった。

学者の中には、サリドマイドが原因ではないという
自分の学説を証明するために、
妊娠している自分の娘か妻に服用させて、
大丈夫であると証明したという話もある。

かくの如く、サリドマイドですら妊娠中に服用しても
生まれた赤ちゃんが必ず奇形になるとは限らないので、
予見性が困難であるのが医療である。

医療は、人間を器械を修理するように
治療するわけにはいかない。

理屈通りにはいかないし、
良く分からないことはたくさんある。   

手術にいたっては、刃物を持って人を傷つけたら
だれでも障害罪を適応されてしまうが、
医師手術でメスを用いることは許されている。

医学生ですら死体を解剖するすなわち
傷つけることが許可されている。
医師免許を持っているあるいは医師になる者だけに
許されている特権である。

しかし、このような仕事のための
特権を許可されているばかりに、
権力を持っていると勘違いしたり、
患者側も医師を生殺与奪権を持つ権力者と思う人もいる。

しかし、という毒を使えたり、人の体を
刃物で傷つけたりできることはすなわち
医療という仕事の内容であり、
それ以上でも以下でもない。

しかもそれを行うのは不完全な人間であり、
受ける側はこれも予見が不可能な
自然性を持った人間であることが、
困ったことに医療の本質であるといえる。



の使い方や量について不適切であったり間違えれば、
人間の体に悪影響を及ぼし、
障害を与えたり死亡させたりすることもあるが、
適切に用いていても予測できないアレルギー反応や
副作用がおこり障害を与えたり死亡することもある。

しかしうまく用いれば病気を治したり、
苦痛を緩和することができる。
手術にしても、病気を治すために行うものであるが、
治すことばかりではなく、目的とする治療効果が
必ずしもあがらなかったり、
合併症で予期せぬ結果が起こり悪くなることも
死亡することもある。
検査でも同様のことは起こりうる。

こういうことは医療という仕事の性質上
あり得ることである。
人間は不完全であり、間違えることもあるが、
仕事が医療であるということと、
不完全な人間が医療を行うという現実は
変えることができない。


医療提供者は、医療を仕事とすることで、
間違いをしなくなったり、神と同じような
完全な人間になれるわけではない。
そもそも人間が人間を治そうとして、
薬にしても手術にしても、そういう害を及ぼす
可能性がある手段を用いて生業(なりわい)をする
ということに、医療の根源的な問題がある。


我々医療提供側の人間は、現在の日本では、
完全に病気や怪我を治すことを求められるが、
そのようなことは神でもない人間に
できるわけはないので、

「どんな状況でも絶対に間違えずに
病気を治せ、怪我を治せ」
手術・検査・投で思わぬ
悪い結果が出たら罰を与えるし、
責任を取って罪として償うべきだ」


ということを個人として要求されていて、
苦しくなっていたたまれず、
医療現場から兆散してゆく
これが医療裁判の形をとっている
医療崩壊の実態である。

医療提供者は、医療受給者と同じ人間である。
まったく変わるところはない。

しかるに、医療を仕事とした途端に、
神として振る舞うことを要求されるのである

こんな人間性を無視した仕事の仕方や体制が、
今後継続してゆけるわけはない。
その結果が医療崩壊である。

こういった根源的な問題が理解され、
共通認識とされてはじめて、
国から免許を与えられた普通の人間が、
少なくてもその時の医療レベルで実力を発揮して
全力を尽くせば結果に関しては問われない、

という対策や体制を構築する、という
話し合いのテーブルに着くことができる。

人間なので間違うこともありうるが、
それを最大限に防ぐにはどうしたらいいのか、
という体制の構築についても話し合うことができる。

特に産科医療は、分娩あるいは妊娠中でも
患者は急変する。
予見できないのに重篤な状態になり、
母子ともに死亡することがある。

これをすべて救うことはできないのに、
専門家でもない裁判官に医師の過失
と判断されるのである。

これでは、誰も産科医になろうとはせず、
せっかく産科医としての技術を習得しても
辞めてしまう医師が後を絶たない。

現在のこの状態は、
本当に国民が望んでいる状況なのだろうか。

ごく当たり前の人間が行っている医療という仕事を、
なるべく良い状態で受けられるようにする、
あるいは提供できるようにすることは、
どちらにとっても望ましいことである。

医療提供側は忙しくて過労死する状態で休みもなく、
しかも完全な医療を要求されているのが現状である。
少し冷静に考えれば、そのようなことが普通の人間に
可能であるわけがない。

医療の本質を理解して、より良い体制を構築し、
ごく普通の人間が行っても間違いが起こりにくいような
条件のもとにできるような医療体制にしなければ、
誰でもどこでも、良好な質と量の
医療を受けられるようにはならない。
このことを真剣に議論すべき時だと考える。

引用:『桑江千鶴子先生より』


大変、気合いの入った文章なので。
一回で紹介するには、ちょっと量が多すぎるので。
今回は、ここまでにしときますね!


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→ 『医者のホンネが丸わかり!(改)』

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事故米、医療施設でも
事故米事故米って、テレビや新聞でも
最近その話題ばっかですけど。
どうやら、医療施設福祉施設
給食にも使われていたようですね。



大阪、京都、和歌山 
給食業者に汚染流通か、中国産もち
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080911-00000086-san-soci


 ■医療・高齢者施設へ

粉加工販売会社「三笠フーズ
(大阪市北区)による汚染
不正転売問題で、同社が販売した
事故米の中国産もちが食用として
大阪市内の高齢者福祉施設や
医療施設に配食している13の給食業者に
流通していたことが11日、わかった。

また京都、和歌山の府県の福祉施設など、
少なくとも13カ所に事故米
納入されていた可能性があることが判明。
和歌山県内の施設では
もちとして食べられていたという。

事故米はこれまで焼酎メーカーなどへの販売が
確認されているが、三笠フーズ
給食業者にも納入されていたことで、
汚染の被害がさらに広がる恐れが出てきた。

三笠フーズの九州工場(福岡県)から、
各地に出荷された事故米
追跡調査している同県が調査を要請していた。

大阪市などによると、福岡県にある
三笠フーズの事務所が事故米として購入した
中国産もちが大阪府内の食品流通業者に
売却され、この段階で30キロの袋に分けられた。

その後、大阪市内の穀流通業者が、
このもち約3000キロを購入、
このうち5~7月にかけて約700キロを
大阪府内の業務用食品流通業者に販売。
この業者は1キロのパックに詰め替え
複数の給食業者に販売、このうち大阪市内では
13業者に供給されていた。

給食業者は、市内の医療施設や老人保健施設に、
食事を配食する業務をしており、
購入した量はいずれも数パック単位。
すでに消費されている可能性が高いが、
これまでに健康被害の報告はないという。

一方、和歌山県内に供給した給食業者は
調理施設を借りる形で事業展開していた。
那智勝浦町の老人保健施設では、
今年6月から今月6日までに
計4キロのもちを、もちの材料として使用。
和歌山市内の2施設でも
給食事業を行っていたという。

県食品・生活衛生課によると、この給食業者
は特定の問屋を通じてやもちを仕入れており、
問屋への販売元に三笠フーズが含まれていた。

県はもちが残されていた場合は
使用しないように、施設に通達するとともに、
関係業者からの聴取を進め、
もちの流通ルートの全容解明を急いでいる。

また、京都市では、民間の給食施設など
少なくとも10カ所に三笠フーズ
納入された可能性があり、
各保健所が確認を急いでいる。

市生活衛生課では「一般消費者が
直接購入していた可能性は
今のところ確認されていない。
実際に消費されているかも含め、
調査を迅速に進めたい」と話している。


『2008年9月11日:産経新聞』


焼酎なんかに、農薬カビが混入した
事故米が入っていた。
というのも、非常にまずい事だと思いますけど。

医療施設とか福祉施設の給食にも、
この事故米が使われていた、って事は
それ以上にまずいですよね。

直接、を食べてる訳だし。
しかも、それを食べたのは、
高齢者とか病人とか、体の弱い人達ですからね。

けしからん話だと思います。


事故米は全て破棄しろ。」
って野田消費者行政担当大臣
言っているようですけど。

そもそも、この事故米を買ったのは、
日本政府
なんですよ。

日本は、国内の農家を保護するために、
に、べらぼーに高い関税をかけている
から。
替わりに、海外から「ミニマムアクセス」っていうのを
購入することが義務付けられています。

の自由化って事で、一時期話題になりましたよね。
1年間の日本人のの消費量の8%は、
海外から輸入しなければいけないことになっています。

んで、どんなを買うか、って事が
具体的に決まってる訳じゃないし。
を買う政府農林水産省も、
使うお金は「国民の税金」ですから。

自分たちの金じゃないんですよ。
役人にとっては。

だから、いい加減。

ろくに検査もしないで、海外からおを買ってる。
きちんと検査しないで、高いお金を払って、
中国やベトナムから、おを買っているんですよ。


もしかしたら、そういう事を相手の国もわかっていて。
足下見られて、他の商社には買って貰えないような、
残留農薬やカビが入った、くず事故米
わざと日本政府に売っているのかもしれませんね。


そいで、日本の政府農林水産省が、
買った後に検査してみたら、
農薬とかカビがたくさんついてるから。
こりゃ、事故米だ、って事で。
買った金の1/10とか、べらぼーに安いお金で、
ただみたいな額で、他の業者に買って貰っています。

そんな農薬とかカビが入ってるなんか、
みんな買いたがらないんだけど。
三笠フーズって会社だけ、やたら積極的に
いろんなとこから、
この事故米を買いあさっていた、と。

政府は、余った事故米の処理に困っているところに、
三笠フーズが、大量に買ってくれた。
しかも、相場よりもちょこっと高い。

そうなると、政府もちょっとだけ、
赤字が減りますから。
検査をする、って言っても手心が加わって、
いつ検査しますよ、とか教えてしまう。


そういう、体質があったから、
この事件が起こった、とも言えるんですよ。


一番悪いのは、農薬やカビが混ざった事故米を、
そうではないだ、と偽って売った「三笠フーズ」。

これは、間違いのないところなんですけどね。

そもそも、その原因となったのは、
政府が海外から、おを買う時に、
きちんと検査をしていなかったから。


という事なんですよね。

三笠フーズ」に対して、
ずさんな検査しかしてなかったから。
政府農林水産省も悪い。
とう論調もありますけど。

中国から輸入された、「メタミドホス餃子
の時もそうなんだけどね。
そもそも、末端まで行った全ての物や食品を検査する、
って事はできなんですよ。

検査したら、その食品や物品は
使えなくなっちゃいますからね。

だから、そういう不正が行われないような、
「システムを作る」という事が非常に重要です。

もちろん、不正は絶対にゼロにはなりませんけど。
不正の行いにくいような、システムを作る。
という事は、非常に重要です。

BSEが流行った時の、牛肉
(ハンナンだったかな)の時もそうですけど。
はっきり言って、不正が簡単に行えるような、
システムっていうのが、非常に多いんですよね。
日本は。

現場を知らない官僚や役人が
システムを作っているからでしょうかね。


まあ、それは置いておいて。

メタミドホスのような、毒とかが入った事故米を、
大量に安い金で買い付けて。
それを、そうではないだ、と偽って売った
三笠フーズは、もちろん悪い事をしたのですから。
これは、厳しく罰せられても、当然です。

マスコミとかの論調では、
抜き打ちで検査しなかった農林水産省政府)も、
けしからん
、って言ってもいますけど。

たしかに、政府農林水産省が、
抜き打ち検査をしなかったのも悪いけど。

それ以上に、
「ろくに検査もしないで、
海外から事故米を買っていた。」

という事が、悪いと思いますよ、私は。

事故米を海外から買ったのも、政府農林水産省)。
事故米三笠フーズに売ったのも、政府農林水産省)。

これは、事実ですから。

まずは、その事について、政府農林水産省)は、
きちんと悪かった、という事を謝って。

その後に、それに対しての対策を練るべきだと思います。


医療の場合でも、いつもそうなんですけど。
いつも、政府(厚生労働省)は、何かあったら、
末端の病院とか、医者のせいにする
んですよね。

私が大嫌いな言葉「たらい回し」でも。
療養のベッドが減ったり、長期入院だと
診療報酬が減るから、3ヶ月で患者に退院してもらう。
とか、そういうのも、「政策」のせいなんですけど。

いつも、現場の病院とか医者のせいにするんですよね。
政府は。

今回の件でも、元はと言えば、
政府農林水産省)が、海外からろくに検査もしないで、
(ミニマムアクセス)を買って。
それが、汚染されていたからって、
政府が三笠フーズ事故米を売ったのが原因
ですから。

そんなもん、海外からおを買う前に政府が
検査すりゃ良かった
、ってだけの話なんですよ。

それをやらなかったから、
今回の事件が起こったんです。

今回の事を「三笠フーズ」という、
末端の会社が勝手に行った、一つの事件
という事で、お茶を濁して終わらないで。

元はと言えば、政府農林水産省)が悪いんだ。
という事は、はっきりさせるべきだと思います。

マスコミも、三笠フーズに対する検査が甘かった、
っていう事だけでなくって。
政府が海外からおを買う前に、検査しなかったから、
こんな事になったんだ。

って事も、もっと報道していくべきだと思います。


この後に及んで、太田誠一農相
「メタミドホスの濃度はたいした事ない」とか言っているんで。
全く、期待できませんかねー。

<事故米転売>太田農相、事態軽視?
「じたばた騒いでない」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080912-00000118-mai-soci

『2008年9月12日:毎日新聞』


『「大学病院のうそ」 ~現役医師(Dr. I)が暴露する、大学病院の秘密』

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「ななのつぶやき」が終了
医師ブログの中でも、トップクラスの人気を誇る
『ななのつぶやき』
が終わっちゃうんですね。
最近忙しくて、あんまり医師ブログ
見ることができなかったので。
たった今、病院から帰ってきて初めて知りました。

残念ですけど、しょうがないですかね。
日本では医療崩壊が進んでいますけど。
その中でも、産科は特に大変で。
今の病院も、相当忙しいみたいですからね。

ブログの文章からにじみ出る、
なな先生暖かさ
患者さんだけでなく、スタッフ等も含め、
誰に対しても優しい気遣い
そんなエピソードがたくさんありましたね。

そして、ただそれだけでなく、
一本筋が通っている、芯の強さ。
みたいなものも感じますよね。
ななのつぶやき」からは。

それだけでなく、コメントも一つ一つ
丁寧に返信されていて。
産婦人科医として、とても忙しい中で、
本当にすごいと思います。

9/8の「ななのつぶやき」、
『番外編』

で、なな先生のお気に入りの記事があったんですけど。
その中でも、私が特に好きだった記事は、これらです。

『この手を放さないで』

『忘れられない患者さん (2)』

『真夜中のホット・エピソード』

『「ありがとう」のひと言』

なな先生が、本当に患者さんから信頼されているなー、
っていうのが、すごくわかる、
ほのぼのとしたエピソードでした。

それと、好きっていう訳ではないのですが。
衝撃を受けたのは、この記事です。
『犠牲』

このブログでも、
『当直中に医師が死亡』
で紹介させていただきましたが。
他の医師ブログでも、大反響でしたね。

身近な医師を亡くされて、
本当に大変だったと思うんですけど。
その後も、なな先生は頑張っておられましたね。


私、個人の考え方ですけど。
医師の使命で一番大事な事は、
目の前の患者を救う。
っていう事だと思うんですよね。

それが出来た上で、少しでも時間があれば、
こういったブログ等を通して、
一般の人達も含め、多くの人に
医療現場の事を知って貰う。

そして、日本の医療を少しでも良くしよう
というのが、多くの医師ブロガーの
目的
なんだと思います。

目の前の患者を助けるだけでは、
せいぜい数人、数十人単位
一生かかっても、数千人から数万人
の患者しか診る事はできませんけど。

なな先生並の、トップクラスの医師ブロガーであれば、
毎日数千人の人に読んでもらえますし。
更に、それを読んだ人が、また他の人に伝えるとか。
新聞や雑誌、テレビに似たような事が出て、
もっと多くの人に広まる。
なんて事もあり得ますからね。

ネット社会の現在は、ブログの影響というのは、
かなり大きいと思うので。
数人、数十人単位ではなく、
数千人、数万人単位の人間を救える
という事もあり得る訳ですから。

なな先生のような、人気もあって、
影響力の大きい方には、
ブログを止めてもらいたくない。
というのがホンネです。
もちろん、一読者としてもです。

ただ、そうは言っても、
目の前の患者も救えないのに、
多くの患者が救える訳がない。

というのが、私の持論なので。

私には、なな先生の考え方も少しはわかります。

医師というのは、忙しい人間が多いので。
ブログを書いている人も多いのですけど、
止めていった人も、多いです。

ななのつぶやき」は終了しますけど。
なな先生は、本業に戻って、今まで以上に
多くの患者さんを救ってくれるのでしょう。

なな先生
本当にお疲れ様でした。



医者のホンネが知りたい人は、こちらから!
→ 『医者のホンネが丸わかり!(改)』

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力士の大麻吸引疑惑報道
テレビでもネットでも連日、
力士大麻吸引疑惑の報道がされていますねー。

露鵬白露山の場合は、あくまでも「疑惑」ですから。
実際に大麻を所持していて、自分でも大麻を使っていた、
って自白している、逮捕された若ノ鵬とは違うでしょ。
同じロシア人ではあるけど。

あくまで、疑惑の段階であれば、
報道はもう少し自粛すべきだと思うんですけどねー。


結果逆転ある?専門家の意見分かれる
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080904-00000041-spn-spo

 【大相撲 大麻吸引疑惑】
露鵬と白露山の簡易検査の陽性反応が、
精密検査で変わる可能性について
専門家の間では意見が分かれている。

ドーピング問題に詳しい国際武道大
スポーツトレーナー学科の高橋教授(スポーツ医学専門)は、
「協会がやった検査は警察が
よくやる検査と同じものだと思われる。
一般的に見て、複数回、陽性反応が出たものが、
その後の検査でシロになる確率は低い」と話す。

その一方で、相撲協会から精密検査について
問い合わせを受けた三菱化学メディエンスによると、
簡易検査は反応の出方に個人差があり、
大麻以外の薬を服用しても
陽性反応が出ることもあるという。

担当者は「精密検査の結果、
陰性となることも珍しくはない」と説明した。

露鵬と白露山の兄弟はマリフアナの吸引を
全面的に否定しており、その上で露鵬は、
腰痛の薬が検査に反応した
可能性があると主張している。

高橋教授は「腰痛の薬は痛み止めの
消炎鎮痛剤だと予想される。
でもそういう物をのんでいたとしても、
検査に反応することはまずない」
と疑問を投げかける。

ただ、同教授は「たとえばサプリメントなどの
補助食品の中にマリフアナと同じ成分の
ものがあったとして、それを食べたりのんだりした場合は
検査で出ることも考えられる」
と指摘していた。


「2008年9月4日:スポーツニッポン」


9/4に、福島大野病院事件で逮捕された、
加藤医師の無罪が確定しましたけど。
あれも、完全に免罪ですよね。

でも、検察に逮捕された事件で、
マスコミは「殺人者」の様に報道して。
今でも、この事に関して加藤先生に謝罪した、
というマスコミはないと思います。

今回の、力士大麻吸引疑惑でも、
2人の力士に関しては、あくまでも簡易検査」で陽性
という事ですからね。

精密検査の結果が出ないと、
正式な結果はわからないんですよ。

簡易検査で陽性で、大麻の所持も見つかって、
本人も大麻を吸った、って認めた
のなら。
これは報道しても良いとは思いますけど。

簡易検査」で陽性ではあるけど。
本人も認めていないし、大麻の所持も見つかっていない。
しかも、鎮痛剤を飲むと「擬陽性」になる。
という事がわかっているんですから。

現段階で、マスコミがおもしろおかしく、
毎日毎日報道するっていうのは、
ちょっとおかしいかな。
と、思いますね、私は。


分析結果は8日めど
=気をもむ相撲界-大麻問題
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080904-00000147-jij-spo

大相撲の幕内露鵬(28)と十両白露山(26)に
尿検査で大麻の陽性反応が出た問題で、
日本相撲協会は4日、ドーピング(禁止薬物使用)検査の
専門機関に依頼した精密分析の結果判明が、
早くて9月8日になるとの見通しを発表した。

専門機関は4日午後から分析に着手。
8日中の完了を予定しているが、
経過次第では追加検査が必要になり、
最大で10日までずれ込むという。

多くの協会関係者は、両力士の簡易検査結果が
疑陽性」で、精密分析では陰性となることを祈っている。
相撲協会アンチ・ドーピング委員会の
大西祥平委員(慶大スポーツ医学研究センター教授)は
「(簡易検査で)鎮痛剤などに反応する場合がある
と聞いている」と説明するが、
一方で「わたしは経験がない」とも。


「2008年9月4日:時事通信」


大麻所持で逮捕された若ノ鵬は、ロシア人で。
何十人も検査して、陽性になった2人
露鵬と白露山で、2人ともロシア人だから。
たしかに、怪しいとは思いますけどね。
状況的には。

でも、本人も認めていなくて、それ以外の証拠も
出ていないんですから。
9月8日か10日には、正式な結果が出る
ってわかっている訳ですから。
それまでは、放っておけば良いんですよ、
こんなもの。

まあ、北の湖理事長は、精密検査で陽性でも
2人を処罰しないし、自分も辞任しない。

とかって言ってるし。
何か問題があったら、理事長の責任ではなくて、
部屋の問題だから、親方の責任。
自分の部屋でも問題があっても、
もっと検査しないとわからないから、
処罰しないし辞任もしない。


っていう態度ですから。
ちょっと問題あるな、この人、
とは思いますけどね。

露鵬と白露山、2人の力士に関しては、
8日の精密検査の結果が出るまで待つ。
それが陽性なら、完全にクロですから。
力士は廃業でしょうし、逮捕されるでしょう。

それがシロなら、今まで通り
普通に力士をやれば良いんですよ。

簡易検査でクロで、精密検査でシロなら、「灰色」。
って話にはなりません。


灰色でも処罰」、って言ってる人もいるようですけど。
その人は、意味がわかってないんですね。


簡易検査」っていうのは、あくまでも
簡単にできる検査で「偽陽性」というのがあります。

擬陽性っていうのは、その名の通り。
間違って、陽性に出る事がある、っていう意味です。

鎮痛剤でもなる場合があるそうだし、
マリファナと似た成分の入った、サプリメント
なんかを飲んでも、間違って陽性になる事があるようです。
これは、何回やっても、同じサンプルで
同じ検査をやってますから。
何回も陽性だから、陽性。
というもんではないんですよ。

5回やって、1回だけ陽性で、後は陰性だったら、
きっと陰性だろうなー、とは思いますけど。
5回やって5回とも陽性だとしても、
あくまでも「簡易検査」ですから。
精密検査の結果を見てみないとわかりません。

北の湖理事長は、精密検査で陽性でも、
後日もう一回検査をして陽性じゃないと
処罰しないし、自分も辞任しない。
とか言っているようですけど。

この検査、大麻吸って、2-3日しか
陽性反応出ませんからね

後日もう一回検査したって、
この疑惑報道の中、大麻吸ってるわけないんだから。
陽性になる訳ないんですよ。

だから、次の精密検査の結果でクロなら、クロ確定。
シロなら、シロ確定。

簡易検査の結果が陽性でも関係ないし。
後日もう一回尿検査をする意味もないと思います。


精密検査大麻の反応が陽性なら、
2人の力士が相撲界から追放とか逮捕とか。
されて当然だとは思いますけど。
現時点で、マスコミが2人の力士を犯罪者扱いした
報道をするべきではないと思います。


大野病院事件の教訓は生かされてないんですね。
やっぱり。


力士みたいに食すぎると、糖尿病になっちゃうよ。
糖尿病になりたくない人は、これを読んでね!

→ 「日本一わかりやすい!「糖尿病」

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総理大臣も逃散
昨年かな。
医療崩壊」という本が流行って、
医師逃散」とか、
立ち去り型サボタージュ
って言葉がはやりましたけど。

医師だけでなく、内閣総理大臣逃散しちゃったね。


福田首相辞任会見要旨

福田首相が9月1日夜に行った
辞任会見の主な内容は次の通り。
昨年、私は安倍前首相からバトンを引き継ぎ、
9月26日に首相就任以来、1年たった。
その間、参院選で与党が過半数割れをする状況の中、
困難を承知でお引き受けを、ということだった。

正直申しまして、最初から政治資金の問題、
年金記録問題、C型肝炎問題、防衛省の不祥事等々、
次から次へと積年の問題が顕在化してきた。

こういうことに遭遇し、その処理に忙殺された。
その中で将来を見据えながら、
目立たなかったかもしれないが、
誰も手を付けなかったような国民目線での改革に着手した。
 
例えば、道路特定財源の一般財源化、
消費者庁設置法のとりまとめ、国民会議を通じて
社会保障制度の抜本見直し。
最終決着はしていないが、方向性は打ち出せた。

さらに今年に入ってからは経済・景気問題が
大きな課題として浮上。
ガソリンや食糧などの物価高騰に国民や農林漁業、
中小企業、零細企業の皆さんが苦しむ中、
何とかして強力な対策を作らなければいけないと思ったが、
その態勢を整えることを目的に
8月に改造を断行した。
強力な布陣の下、先週金曜日に
総合的な対策をとりまとめた。

先の国会では民主党が重要案件の対応に応じず、
国会の駆け引きで審議引き延ばしや審議拒否を行った。

その結果、決めるべきことがなかなか決まらない。
そういう事態が生じ、何を決めるにも
時間がかかったということは事実だ。

今、日本経済、国民生活を考えた場合、
今度開かれる国会でこのようなことは
決して起こってはならない。
そのためにも体制を整えた上で
国会に臨むべきであると考えた。

国民生活のことを第一に考えるなら、今、
政治の駆け引きで政治的な空白を生じる、
政策実施の歩みを止めることがあってはならない。

この際、新しい布陣の下に政策の実現を
図ってまいらなければいけないと判断し、
本日、辞任をすることを決意しました。

まだ、経済対策や消費者庁設置法案のとりまとめ、
国会の実質審議入りには時間がある
このタイミングを狙い、国民にも
大きな迷惑はかからないというように考え、
この時期を選んだ。

次の自民党総裁の下により強力な態勢を敷いてもらい、
国家国民のための政策実現に向け、
邁進(まいしん)してもらうことを期待をしている。


――いつの段階で辞任を決断したか。
 安倍前首相も唐突に政権を投げ出したが、
 政治、政権に対する不信が巻き起こるのではないか。

安倍前首相のケースとは違うと思っている。
安倍前首相は健康の問題があったが、
私は目が見えにくかったということ以外、
特別な問題はない。

これは私がこれからの政治を考え、
どうあるべきか、ということを考えた上で決断した。
先週末に最終的な決断をした。


――新しい体制になれば、どのような点で
 今の事態を打開できると考えるのか。

自民党のことを申し上げて恐縮だが、
総裁選をすることになると思う。
そして新総裁が総理大臣の指名を
受けるプロセスになると思っている。
私が続けていくのと新しい人がやるのと、
これは間違いなく違うと考えた。


――消費者庁、道路の成果は道半ば。
 (首相を)辞めること自体が
 政治的な空白を招くのではないか。

消費者庁は大体、法案がまとまった。
次期首相がこのことを重要に考え、
まとめてくださると期待している。
私が続けて国会が順調にいけばいい。

そういうことはさせないと野党が言っている限り、
私の場合は内閣支持率の問題もあるかもしれないし、
大変困難を伴うのではないかと思う。

政治空白を作らないためには今が一番いい時期だ。
新しい人に託した方がよりよいという判断をした。


――1日夕、(自民党の)麻生太郎幹事長と何を話したのか。
 麻生氏を総裁選で支援していくのか。

今日は麻生幹事長、町村官房長官に来ていただき、
説明を申し上げた。
自民党総裁選の日取りを決めていただきたい
と麻生氏にお願いした。


――ねじれ国会で政策遂行が難航した。
 民主党の小沢代表におっしゃりたいことは。

ねじれ国会で大変苦労させられた。
話し合いを受け付けてもらえなかったことが何回もあった。
重要法案に限って聞く耳持たず
ということが何回もあった。
小沢氏には「国のために、胸襟を開いて
話しあいをする機会を持ちたかった」
と申し上げたい。


――総理は1カ月前に自身の手で内閣を改造したばかり。
 臨時国会も迎えないうちに
 自ら辞職という形をとったことへの見解は。

(内閣改造後の)いろいろな状況、
政治の状況がある。
そういうことを勘案し、この臨時国会が
少しでも順調にいくようにと考え、
私自身でやるより、他の方にやっていただいた方が
よりよくいくのではないか。

国会に一番迷惑をかけない時期に
私が表明することが一番いいのではないかと考え、
この時期を選んだ。


――「首相の会見がひとごとに聞こえる」という話があった。
 政権への影響は。
 
順調にいけばいいですよ。
それに越したことはない。
しかし、私の先を見通すこの目の中には、
決して順調ではない可能性がある。
その状況で不測の事態に陥ってはいけない。
「ひとごとのように」とおっしゃったが、
私は自分自身を客観的に見ることができる。
あなたと違う。
そういうことです。


「2008年9月2日:朝日新聞」


一言で言うと、「無責任」ですよね。
一国の総理大ともあろうものが、
なんでもかんでも人のせいにして。
そのくせ「国民の為」だとかって、言い訳して。
そいで、任期途中で放り出す。

物事がうまくいかないのは、
自分の責任ではなくって、人のせい。
それでいて、うまくいったら自分の手柄。


そんな考え方が、日本という国を駄目にしたんでしょう。


>安倍前首相のケースとは違うと思っている。
 安倍前首相は健康の問題があったが、
 私は目が見えにくかったということ以外、
 特別な問題はない。


安倍首相の時も酷いと思ったけど。
この会見をみて、逆に安倍前首相の方がましなのかな。
と思いましたわ、私。

だって、健康の問題があったのであれば、
やむを得ない面もある
でしょ。

でも、そういうのがないんですよ、彼には。
単に、嫌になって辞めた。
ただ、それだけ。

内閣総理大臣っていったら、
簡単に言えば、日本で一番偉い人。
だから、きっとすごく美味しい思いもできるかな。
って思って、やってみたけど。

実際にやってみたら、全然自分の思い通りにいかない。
だったら、辞めちゃえ。

まあ、そんなとこでしょう。


国民に人気がないのは、
自分のリーダーシップのなさ、とか。
自分の発言内容とか。
自分の政策とか。

結局は「自分のせい」でしょ。

まあ、参議院で野党に過半数を取られているから、
国会運営がうまくいかないとか。
そういう影響も、もちろんあるんでしょうけど。

でも、多くは自分のせいですよ。
それを、人のせいにばっかして。
そういうのが、国民の目にも明らかだから。
益々、人気がなくなって。
結局、辞めざるを得なかった。
簡単に言うと、そういう事です。

最後くらい、潔くいけばよいのに。
最後まで、言い訳ばっかでしたね、この人。


正直言って、「無責任」だと思います、私も。
国民の9割方は、そう思っているでしょう。

でも、ちょっと逆の見方をすると。

福田首相のまま、選挙をしたら、
ほぼ間違いなく負けますよね、自民党。


解散総選挙にしても、任期満了まで行ったとしても。
まあ、任期満了までは、後一年くらいあるから。
その後に、どうなるかは予測できないけどね。

おそらく、今のままでは、選挙で負けるでしょう。

じゃあ、このまま福田首相総理大臣を辞任しないで、
そのまま衆議院選になって、自民党が負けたら。
それは、自民党に対して無責任な事ではないんでしょうかね。

日本国民の為には、自民党が負けて。
政治家と官僚、財界の癒着を絶って。
国民の税金から、甘い汁を吸って、
美味しい思いをしている人間を、政権から遠ざける。
という事が、一番良いとは思いますよ、私は。

ただ、このまま福田首相が辞めないで、
選挙まで続けるのは、自民党に対しては無責任
っていう事も言えるんじゃないかなー、
って、ちょっとだけ思いました。

結局、どっちに転んでも、「無責任
って言われるんですよね、この人。


上手くいって当たり前。
少しでも上手くいかなかったら、お前のせい。

って言われるのは、最近の医者と、
ちょっと境遇が似ている
ような気がしたので。

正直言って、私は福田首相は好きじゃないし。
リーダーシップのなさとか、
なんでもかんでも人のせいにするとか。
人を見下した態度とか。
首相としての資質には欠けるな、
とは思いますけどね。

なんとなく、ほんの少しだけ、
ほんのちょっとだけ、かわいそうかな。
と思っちゃいました。


定番はこちら!
→ 医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か
小松 秀樹 (著)


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