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現役医師、循環器内科医(Dr. I)が医療について、詳しくわかりやすく解説するブログ。 引用、転載は自由ですが、その際は必ず引用元を明記して下さいね!
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京都心タンポナーデ訴訟1
事故病院に運ばれて、心臓に傷がついて、
心タンポナーデ」になって亡くなった方がいたんですよ。

その患者が亡くなったのは、事故のせいじゃなくて、
助けられなかった病院(センターを運営する
国立病院機構)のせいだ。
だから、慰謝料1100万円払え
って判決が、京都地裁でH20.2.29に出ましたわ。


その時の新聞記事は、これです。


事故負傷男性死亡、病院に1100万円賠償命令

交通事故で負傷した京都市の男性(当時57歳)が
搬送先の京都医療センター(京都市伏見区)で
死亡したのはセンターが適切な処置を怠ったため
として、妻ら遺族3人が、センターを運営する
国立病院機構(東京都)に約7600万円の
損害賠償を求めた訴訟の判決が29日、
京都地裁であった。

井戸謙一裁判 長は「手術が遅れていなければ、
生存できる可能性があった」として
同機構に1100万円の支払いを命じた。

判決によると、男性は2005年2月21日、
上り坂でトラックと別の車に挟まれ、
同センターに搬送された。

翌日朝、外傷による心臓の異常が見つかり、
手術を受けたが、10日後に死亡した。

井戸裁判長は判決で、異常が判明した約1時間後に
男性がショック状態になったのに、
人工呼吸などに手間取って手術開始まで
約30分かかったと指摘し、
「ショック状態になった際、
何よりも優先して手術するべきだった」と述べた。

2008年3月1日【読売新聞】



この記事が出たときに、更に今の救急医療の崩壊に
追い打ちをかける最悪の判決
だ。
って事で、医師ブログ医師以外の方のブログでも、
この事について書かれていました。

参照:『すべての救急病院に
24時間態勢でスーパー救急医を求める判決』

『救急医療へのトドメ』
『トラックと勝負したら…』


その詳細な判決文が出たので、
ちょっと解説していきますね。

結論から言っちゃうと、「とんでも判決」ですわ。

医師の側はガイドライン通りに、診察や検査をした。
そして、次の日の朝に「心タンポナーデ
っていう状態になっているから。
心臓血管外科の専門家に相談して、
今すぐじゃなくて一時間後に心臓の手術をしましょう。
っていう話になったんです。

でも、手術の説明をしようと家族を待っている間、
患者が急変して、心臓も呼吸も止まった。
だから、心臓マッサージとか、人工呼吸とか、
心臓を動かす薬
を使って、30分頑張った。
そして、30分後に心臓の手術をして、
一瞬心臓は動いたけど、残念ながら救命できなかった。

朝までの処置、検査には全く問題はないけど、
心臓が止まった後は、心臓マッサージも、
人工呼吸もいらないから、早く手術しなさい。

10分以内に手術を始めたら、
もう少し生き延びる可能性があったんだから。
かわいそうだから、慰謝料払ってあげなさいよ。

って判決です。


ちなみに、「心タンポナーデ」っていうのは、
心臓の周りには心膜っていう膜があって。
心臓のまわりをとりかこむ袋の事を
心嚢(しんのう)っていいます。
心嚢(しんのう)に水や血が貯まって
心臓が広がらなくなる状態の事です。

場合によっては、これで亡くなる事もあります。


心タンポナーデ」に関しては、以前に詳しく書いたので、
こちらを読んで下さいね!
『救急医療も崩壊2』


ほんと、ばかばかしい判決ですよ。
「福島大野病院事件」でも、ついこの間、
検察側は禁固1年を求刑したようですが。
医療訴訟も、医療崩壊を招いた原因の一つです。

民事の医療訴訟を起こす事ができるのは、
国民の権利ですから。
それを止める事自体はできないのですが。

こういうところがおかしい、っていう事を
具体的に指摘していくしか、医療訴訟を抑制する方法は
今のところはないようなので。

ただ、バカみたい、って言ってもしょうがないので。
どこがおかしいか、具体的に検証していきましょう。

引用元は、「新小児科医のつぶやき」の
『京都心タンポナーゼ訴訟』からです。
いつもお世話になっております。

判決文は33ページあって、専門的ですが。
ここにありますので、興味ある人は読んで下さい。
『京都地方裁判所 第1民事部』


細かい事故の経過に関しては良いとして。
病院に運ばれた後の経過について書いていきます。

結構、専門用語が出てきますので。
それを全部やると長くなるので。
初めは経過と専門用語の解説をして。
その後にまとめますか。

Yosyan先生のとこがまとまっていますので、
引用させて貰いますね。


亡D(患者)は,被告病院救命救急科外来で,
「左足関節開放性脱臼骨折」と診断された。

亡Dは,被告病院搬入時,意識清明であり,
頭頸部に異常なく,胸部に圧痛なく,
呼吸音は左右差なく清であり,上肢の可動性は良好で,
腹壁は平坦で軟らかく,腸管の蠕動音は正常で,
骨盤の動揺はなく,直腸,前立腺,
肛門括約筋,右下肢等に異常はなかった。

亡Dに対しては,胸腹部のFAST
(心嚢,腹腔及び胸腔の液体貯留の検索を
目的とした迅速簡易超音波検査法,
以下「搬入時FAST」という。),
胸部正面仰臥位X線単純撮影
(以下「搬入時胸部X線撮影」という。),
腹部臥位,骨盤,足,膝関節等のX線単純撮影,
12誘導心電図検査(以下
「第1回12誘導心電図検査」という。)
等が実施され,上記の胸部正面仰臥位単純撮影によって,
左第6肋骨側胸部に骨折が認められた。

被告病院救急救命科医師は,速やかに
左足関節の脱臼観血的整復術を
実施する必要があると判断した。


救急科外来で行われた検査として、

 1.搬入時FAST
 2.腹部臥位,骨盤,足,膝関節等のX線単純撮影
 3.12誘導心電図検査

これらが行われ、

 左足関節開放性脱臼骨折
 左第6肋骨側胸部に骨折

この二つが発見されています。


他の所見は診察所見も含めて異常がなく
左足関節開放性脱臼骨折の治療が必要だ、
って判断をされたようです。
そいで、すぐに手術は行なわれます。

異常なしだから、当然「心タンポナーデ」も、
この時にはありません。


最初に医学用語の解説をしていきましょうか。

FAST」そして「JATEC

JATEC」っていうのは、まだ出てこないのだけど。
判決文には何回か出てくるし、これを知らないと
FAST」もわかんないので、最初にこれから解説。


JATEC」っていうのは、
Japan Advanced Trauma Evaluation and Care
の略で、「外傷初期診療ガイドライン」の事です。

事故とか外傷で、救命救急センターに搬送された
傷病者を迅速に検査・治療するための
ガイドライン
ですわ。

判決文に何回も出てくるけど。
京都医療センターの救急の医師は、
JATEC(外傷初期診療ガイドライン)
沿って診察や検査をしていますから。
それに関しては、過失は認められない。
という判決
になっています。


そして、もう既に出ているけど。
この後にも何回も出てくる「FAST」。

FAST

Focused assessment with sonography for trauma
の略語で、心のう、腹腔および
胸腔の液体貯留の検索を目的とした
迅速簡易超音波検査の事
です。


事故が起こって亡くなる方の多くは、「出血性ショック」です。
事故でどっか血管とか内臓が傷ついて、
そいでたくさん出血して亡くなる
んですよ、ほとんどは。

体の外側で出血していれば、
見ればわかるんですけど。
体の中で出血していたら、わかんないですよね。
だから、体の中の検査をします。

ゆっくり時間をかけて検査していたら、
大量に出血していたら間に合わないでしょ。
だから、短時間で大出血がないか
簡易超音波(エコー)で確認
しましょう。
っていうのが「FAST」ってやつですわ。


体の中で出血すると、血は下の方に貯まりますよね。
重力があるから当たり前です。
で、体の中で出血すると、「血が貯まりやすい場所
っていうのが、いくつかあるんですよ。

簡単に言うと、体の下の方。
まあ、単純にそれだけではないんですけどね。

心臓の場合は、心膜っていう膜に包まれているから。
心臓に傷がついて出血した場合、
下の方に血が貯まるんじゃなくて、
心臓の「周り(心のう)」に血が貯まります。

人間の体の中って、いくつかの「膜」で」仕切られていて。
胸と腹、とか「胸膜」とか「腹膜」っていう「膜」で
区切られているんですよ。

そいで、大量に出血した場合、血液が貯まりやすい所
っていうのは、だいたい決まっています。

そこに、エコーを当てて、血が貯まっていないか確認します。

具体的には、心のう(心臓の周り)、
モリソン窩(肝臓と腎臓の間の辺り)、左胸腔、
脾臓の周り、膀胱直腸窩(横になった時、腰の下の方)
です。

出血性ショックになる場合の多くは、血胸、腹腔内出血、
心タンポナーデ
なので、外傷、事故の人が来たら、
すぐに診察をして、その後にFASTをやります。
そして単純X線なんかの検査と組み合わせて
血胸、腹腔内出血、心タンポナーデがないかを、
確認
します。


今回の場合、胸やお腹を診察して、それは正常です。
そいで、その後「FAST」と、レントゲンを組み合わせた
検査をしています。

JATECってガイドライン通りです。
JATECには、心臓が疑われる場合は、心電図も撮りなさい
って書いてありますが、これもやってるし、全く問題ありません

そして、
>左足関節開放性脱臼骨折
 左第6肋骨側胸部に骨折


と診断します。


はい、ここでも医学用語の解説。

「開放骨折」

別名「複雑骨折」とも言われますけど。
わかりにくくなるので、医者は「複雑骨折」っていう
言葉はあんまり使わないですね。

開放骨折」っていうのは簡単に言うと、
ホネが皮膚の外に飛び出した骨折」のことです。
開放骨折」って、名前そのまんまっすね。

ホネが皮膚の外に飛び出ているわけですから。
そっから、ばい菌が中まで入ってしまって、
感染を起こす可能性が高いので。
治療が難しくなります。
基本的には、手術が必要な場合が多いです。


今回の場合も、内臓とかに出血はなさそうだから。
まずは、開放骨折の手術が必要だ、って判断して。
すぐにこの手術をしています。


本題の「心タンポナーデ」とか、心臓の手術に入る前に、
医学用語の解説だけで長くなってしまったので。
今回は、ここまでにしましょうか。

今回のところは、事故患者病院に運ばれたけど、
医師が最初に行った検査や診察には問題がない
そいで、最初の時は、「心タンポナーデ」にはなってなくて、
左足関節開放性脱臼骨折と左第6肋骨側胸部に骨折があって、
開放骨折の方はすぐに手術が必要だ。
ってとこまででした。


私は循環器内科医なので、「心タンポナーデ
っていうのは、一応専門なんですが。

外傷性心タンポナーデ」っていうのは、
事故、けがだから、「外科」というか「救急」なんですよね。
専門は。

だから、専門分野以外の事も多いので、
足りない点も多いとは思いますので。
間違っている点や不足している点があれば、
専門家の先生にご指摘いただけるとありがたいです。

よろしくお願いします。

心タンポナーデ」の事件で有名な別の裁判に関しては、
以前に書いたことがありますので。
興味あったら、こっちもみて下さいね!

『救急医療も崩壊1』
『救急医療も崩壊2』
『救急医療も崩壊3』


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この記事へのコメント
I'm sure that he is innocent.
交通事故→心タンポナーデ→10日後死亡、亡くなられた原因は交通事故でしょうに医師が助けれたはずということで賠償命令となった判決で、あつかふぇ先生はどなたか循環器の先生ご説明下さいとおっしゃってましたが、I先生に解説して貰いたがってるのではと思っていました。

裁判官さんは「救命の可能性が高いとは言えないが、延命で日常生活に復帰できた可能性もある」と不思議なことをおっしゃられたそうですが、救命出来ないのに日常生活という意味が、私にはそれではお化けではないかとしか思えず、今でも納得がいきません。

件の、禁固一年という曖昧な求刑は検察の悪あがきに過ぎません。
有罪なら全ての医療行為が罪に問われることになります。
エビ[URL] 2008/03/23(日) 23:16 [EDIT]
また無茶な……
Dr.I様>
 また、無茶な判決が出ましたね。
 ようするに「人が死んだら全部医師の責任だから賠償金を支払いなさい」と言ってるも同然な訳で、こういうのが司法の判断だ、とうのなら、それこそ立法で「免責事項」についての立法を行うしかないでしょうね。
 司法が法律をそう解釈しているのは事実ですが、それによって医療が崩壊していくなら、その責任は最終的に行政・立法が負うべきなのでしょうが、それに対してほっかむりしれいる今の政権・与党には、本当に呆れます。
Lich[URL] 2008/03/24(月) 01:35 [EDIT]
詰んだ判決
TBありがとうございます。判決文の解説は長いので要約するのが大変ですし、拙ブログでは煩雑になるので専門用語の解説を端折っていますから助かります。

次回の先取りを書いてしまったら悪いかもしれませんが、拙ブログでは「詰んだ判決」の見方が強くなっています。判決文はJATECを基準に展開され原告側の主張は殆んど排除されています。

ところが最後の心タンポによる急変時だけJATECから離れます。あの場面のJATEC基準は絶対的に心嚢穿刺です。ところが結果として分かっている事として心嚢穿刺は有効でないがあります。

結果から心嚢穿刺を使えなくなった裁判官は即手術を新たな基準として持ち出しましています。理由は

1.昇圧剤投与などのショック治療では悪化した事
2.悪化した状態から手術で心拍が回復した事

この結果を踏まえショック治療無しの即手術が医療常識と認定しています。

結局のところあの場面ではJATECに従って心嚢穿刺を行なっても救命できず、医療者ならあの状態で即手術は選択できません。

訴訟を起されこの裁判官に当った時点で詰んでいるという事です。
Yosyan[URL] 2008/03/24(月) 08:52 [EDIT]
医療制度改革も必要ですが、司法の改革も必要ですね

裁判官の再教育とか?


これで何人の医師が、現場を去るでしょうか?
ももんが[URL] 2008/03/24(月) 15:20 [EDIT]
>エビさん
明らかに事故で亡くなっているのに。
救命の可能性はなかったのに、慰謝料は払え、って。
何言ってるんだか、さっぱりわかりませんわ。
Dr.I[URL] 2008/03/24(月) 20:29 [EDIT]
>Lichさん
事故や病気のせいじゃなく、医者のせいで死んだ。
って判決ですよね、これ。
そんな判決が続いたら、医者はみんな辞めますから、医療も崩壊しますよ。
Dr.I[URL] 2008/03/24(月) 20:30 [EDIT]
>Yosyan先生
医学用語の解説を入れていたら、予想通り長くなってしまって。
何回かに分けてでも、これに関してはしっかり書いていきたいと思います。

たしかに、急変した時から急におかしいですよね。
なんか、先に結論ありき、って感じがしてしまいますよねー。
Dr.I[URL] 2008/03/24(月) 20:32 [EDIT]
>ももんがさん
医療裁判も、医療崩壊の一因ですからねー。
是非とも、改革してもらいたいです。

当然、高裁までいくとは思いますけど。
どうなるんでしょうか。
Dr.I[URL] 2008/03/24(月) 20:33 [EDIT]
初めてのコメントです。
心タンポナーデとわかってから、30分でオペが開始できる病院が、日本にいくつあるでしょうか。
少なくともうちの病院ではどんなに頑張っても無理です。
これで慰謝料を取られたのなら、ほんとに急患を受け入れる病院は激減するのではないでしょうかね。
同じ医療職として、悲しくなります。
オペ看[URL] 2008/04/02(水) 01:28 [EDIT]
>オペ看さん
はじめまして。

ほぼないでしょうねー。
そんな病院。

今回の場合は、待機的にやる予定で、たまたまオペ室の準備ができていた、って事なんですが。
心肺蘇生もしないで、オペをしろ、っていうのは、医学的に明らかに間違っていますわ。

Dr.I[URL] 2008/04/02(水) 21:17 [EDIT]

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