現役医師、循環器内科医(Dr. I)が医療について、詳しくわかりやすく解説するブログ。 引用、転載は自由ですが、その際は必ず引用元を明記して下さいね!
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医療裁判で真実明らかに?1
医療事故に遭われた方や遺族の方達って、
たいてい同じ事を言われますよね。
「何が起きたのか真実が知りたい」
って。

もちろん、これは事実なんでしょうけど。
裁判っていうのは、医療裁判であれなんであれ、
「合法的なけんか」ですからね、言い方を変えれば。

法律にのっとって、お互いが自分の主張を言い合う。
そして、自分が勝つために、
相手の弱点を責めたり。
自分にとって都合の悪い証拠は、
証拠として採用しない、とか。
そういう事が、裁判では行われます。

自分にとって都合の悪い事は証言しなくても良い、
っていう権利は、「黙秘権」って言いますけど。
これも、広く知られている権利ですよね。

そういうのは、法律で決められた権利ですから。
良いとか悪いとか、そういう事ではなくて。
医療裁判でも、になっちゃったら、
真実は明らかにならない事も多いんですよ。

だって、そういう風に出来てるんだから。
システムが。

最近読んだ、ヒューマンエラーの本にも
書いてあった事だけど。

真実を知ろうと思ったら、当事者に
本当の事を語ってもらわないといけません。
その為には、ミスした事を罰するのではなく、
真実を語ったら、むしろ罰する事はしない。
という事をしないと、駄目なんですよ。

当たり前ですよね。
ミスをした事がばれたら、罰を受ける。
って事になれば、隠しますよね。

まあ、全員がそうだ、って訳ではないけど。
多くの人はそうだと思います。

それは、人間として良いとか悪いとか。
そういう問題ではなくて、「システムの問題
だと思います。

航空事故とか、アメリカのNASAとかでも、
事前に真実を語った場合は、
それに関しては罰を受けない。

というルールがあるから、
みんな真実を話すんですよ。
後から嘘ついた事がばれたら、罰を受けますからね。

医療裁判でもなんでも、裁判では、
自分が真実を語って、その結果、
自分が有罪になるかもしれない。
という事であれば、普通の人は、
真実を語りませんから。

当事者が自分に不利になるかもしれない、
という事に関しては証言しない。

というであれば、真実は明らかになりませんよね。

それは、しょうがないんですよ。
裁判っていうのは、そういうシステムなんだから。


そういう事は、以前から私も思っていた事なのですが。
もっと詳しく書かれた文章があったので、
ここで引用させてもらいますね。

桑江千鶴子先生っていう、産婦人科の世界では、
非常に有名な先生の文章です。

4/12に日比谷公会堂で行われた、
医療議連総会記念シンポジウム(医療議連)で、
「福島大野病院事件で加藤先生が有罪になったら、
私は産婦人科を辞める。」

と言われた先生ですね、この方。

その時の様子は、ちらっとこちらの記事。
『4/12、医療議連に参加しました』
と、桑江先生の発言内容に関しては、
「産科医療のこれから」
『「産科医療崩壊の危機打開と男女共同参画社会の実現へ」 
by 桑江千鶴子先生』


に書いてありますんで。
こちらも参照してください。


今回引用するのは、「ロハスメディカルブログ」
『桑江千鶴子先生より』
からです。
いつもお世話になっております。



   「医療裁判で真実が明らかになるのか」
―対立を超えて・信頼に基づいた医療を再構築するためにー
    2008.8.30   都立府中病院産婦人科部長
             桑江千鶴子

 
医療事故にあった方あるいはその家族が、
異口同音に言うこととして
「何が起きたのか真実が知りたい」
「二度とこのようなことが起きないようにしてもらいたい」

ということがある。

この思いに対して異論のある人は
医療提供者側にも医療受給者側にもいないだろう。

このことを深く考えるにあたり、
今回無罪になったとはいえ、
福島県立大野病院事件
実にいろいろなことを提供してくれた。
私は、現在産婦人科臨床現場に身を置く医師として
以下のように考えている。


原点は、「どうしたらより良い医療
受けることができるだろうか。」
「どうしたらより良い医療を提供することができるだろうか。」

というのが医療受給者・提供者の
共通の思い
であるということだ。

およそ人間が生きている社会において、
病気や怪我は必ずあって、できればそれを
治して寿命をまっとうしたいという人間の欲望があり、
それを治してあげたいと思う人間がいる限り、
医療は存在する。

しかし、時代や国によってその医療内容
大きく変化している。
根源的な問題から考えない限り、
医療提供者側医療受給者側
寄り添うことはできないだろう。

本来ならば、共通の敵は病気であり怪我であって、
協力して戦うべき同志
であるのにもかかわらず、
現在の日本では、医者と患者は
敵対していがみ合っている。


日常的にそうではなくても、少なくても
ぎすぎすした関係であることは間違いない。
このような状況が、双方にとって
良かろうはずはない。
もう一度原点に戻って、考えてみたい
というのが私の提案である。


≪内容≫
(1) 現在とは―縦糸と横糸の交わるところ
(2) 医療とは何か
(3) 産科医療について
(4) 「何が起こったのか真実を知りたい」にこたえるために
(5) 病院勤務医師の労働環境の改善が急務
(6) 最後に・・信頼に基づいた医療を再構築するために
  前提と提案



≪本文≫

(1) 現在とは―縦糸と横糸の交わるところ

およそ物事を理解する方法はいろいろあると思うが、
縦糸である歴史的視点と横糸である
世界的視点は重要である。
現在の日本は、その両方の糸が交わったところである
と考えれば、置かれた状況が理解しやすい。


人類の歴史上で、麻酔薬が発見されて、
痛みのない状態で手術が受けられるようになったのも、
気管内挿管という技術で全身麻酔が
かけられるようになったのも比較的最近のことである。

このあたりの歴史的事実については、
「外科の夜明け」トールワルド著
(現在絶版―新刊書としては
「外科医の世紀 近代医学のあけぼの」)に詳しい。

日本人として誇るべきだと思うのは、華岡青洲は、
当時日本は鎖国していたので
世界的には知られていないが、
アメリカのロング医師1842年にエーテルを用いて
手術をしたその38年も前に、麻酔薬を自ら作成し、
全身麻酔をかけて乳がんの手術を行っていた
天才であったということだ。
1804年のことである。

麻酔が使用できるようになっても、
副作用も大きかった。
華岡青洲母親と妻が人体実験として
自らの体を提供して、妻が盲目に
なってしまったのはその一例である。
(「華岡青洲の妻」有吉佐和子著に詳しい。)
麻酔もさりながら、気管内挿管という技術を
確立するまでは、大変に苦労している。

開胸すると肺がしぼみ手術できなかったので、
肺がんの手術はできなかった。
手術する部屋を陰圧にしてみたが、
開胸すると肺がプシューといってしぼんでしまい、
患者が死んでしまうというような
試行錯誤を繰り返していた。

気管内挿管という技術を確立して、
安全に全身麻酔をかけられるようになったのは、
比較的最近のことである。

1869年(明治2年)Trendelenburgが始めた時は、
気管切開をして管を気管に挿入して行った。
その後1880年(明治13年)Macewenが
経口的挿管をはじめておこなった。

日本で林周一らがはじめて気管内挿管を行ったのは、
1949年(昭和24年)つい60年前のことである。
外科医が手術を比較的安全にできるようになっても、
たとえば腸を縫合するという一例をとっても、
いくら縫い方を工夫して縫っても、
縫合不全で腹膜炎となって死亡するという
試行錯誤を繰り返し、やっと
「アルベルトーレンベルト縫合」を発見して
腸の縫合が比較的安全にできるようになった。

このような例は枚挙にいとまがない。
医療は試行錯誤の歴史でもある。
どんな治療も試行錯誤なくしては
発達してくることはできなかった。
どんな標準的治療法であっても、
その治療法が確立するまでには、
大変な数の施行錯誤があったであろう。

ただ理解してほしいのは、ほっておけば
確実に死んでしまったり、苦痛からまぬがれ得ない
患者を治そうとしての試行錯誤であったのであり、
治療法ができればたくさんの人の命が
救われる
ということである。

そして、現在行われている医療も、
その歴史の流れのなかのひとコマに過ぎないし、
これからも医療は進歩し続けるということである。

医療内容は変化し続けるし、
新しい病気は常に発見される。
それに対して新しい治療法を施行錯誤して
確立してゆくことは変わりない。

すでに確立して今後も変化しないであろう
治療法も多くあるだろうが、しかし、
私が大学医学部で勉強した当時の治療法は、
現在行われていないものも多い。

治療法は変化してゆくので、常に最新の治療を
提供するということは理論上の考えであって、
それが最善であるかどうかは時がたって
評価が定まらないとわからない。


出ては消えてゆく治療法もまた綺羅星のごとくある。
歴史的にあとから振り返って評価しなければ、
わからないことがたくさんある。

人間のやることは不完全であり、
現在目の前にいる医師もまた
歴史に流されている一人に過ぎない。

医療の歴史への理解と、人間の不完全性への
理解を共通認識としなければ、
医療提供者受給者とは話し合いの
テーブルにつくこともできない。


医療が発達してきた歴史を無視することはできないし、
これからも試行錯誤を繰り返して
医療は発達してゆくものである。

それを理解しないでは医療の恩恵
そのものが受けられない。
現在でも手術は絶対安全というわけではまったくないし、
結果はやってみなければわからない。


およそ外科系医師であれば、
誰でもが思っていると思うが、
手術はやってみなければわからないものであり、
絶対に治る「神の手」は現実にはありえない。

誠実で良心的な医師であればあるほど、
謙虚にならざるを得ないのは、
相手は人間で自然そのものなので、
我々人間の英知の及ぶものではないからだ。

現代でも「神がこれを治し、医者は包帯を巻く」
ことには変わりない。
人間の体は複雑で、わかっていないことばかりである。

例えば私の専門の婦人科手術に関しても、
骨盤内の解剖でも十分わかっていないのである。
それでも手術をしなければならない状況であり、
実際に婦人科癌の患者さんがいたとして、
解剖が完全にわかっていないからといって
手術しないということはできない。

わかっているところまでで治療せざるを得ないし、
それでも手術をして癌が治ることも多い。
医療はかくのごとく不完全なものであることを、
医療受給者側は理解してほしいと思う。



また世界に目を転じてみれば、医療体制
sicko」(2007年マイケル・ムーア監督アメリカ映画)
を見てもわかるが、国によって全く違う体制をとっている

アメリカは完全に資本の論理
保険会社の論理で医療提供を行っており、
一度重大な病気になったら破産することも多い。

重大な病気でなくても、中産階級で
保険料を支払っていても、虫垂炎の手術や
出産費用で破産して、路頭に迷うことは
多々あるということだ。

「ある愛の詩」というアメリカ映画でも、
白血病になった妻の治療費を工面するのに、
夫は仲違いしていた金持ちの父親に
お金を借りに行っていたが、
夫は成功している弁護士であった。

それでも白血病の治療費は出せなかったのであろう。
お金があれば、確かに最高水準の病院で
医療を受けることができるので、
お金持ちには良い制度と内容の医療であろう。

反対に、医療は国が提供していて
医療費の自己負担は無いかほとんど無いという国
も多い。

先進諸国と言われる北欧の諸国、英国、
フランス
、先進国ではないがキューバなど。
質に関しては、その国で医療を受けた人の
書いた本などを読むと、医療費の自己負担があるかどうか
という問題は別として、
日本と比較して羨ましいということはないし、
平均的な治療という意味では、
日本の医療はそのアクセスの良さもさりながら
量・質ともに世界でもトップクラスである。

日本は世界の中でも、
国民皆保険制度」のおかげで、比較的安価で
質の高い医療を受けられる良い国である。

近年WHO(世界保健機構)の健康指標で
日本が第一位
になったのは記憶に新しい。

女性の平均寿命が世界一で、
男性は下がったとはいえ第3位であることは、
医療の水準や医療体制と無関係ではない。

外来患者さんの中には、普段は外国に住んでいるが、
医療特に手術だけは日本で受けたいと言って、
日本に帰国して受診してくる人が結構いる。


私の専門である産婦人科に目を転じてみれば、
分娩で命を落とす母親は、ユニセフの統計によれば、
世界の平均では250人に1人
である。

言い換えれば10万分娩につき
400人の母体死亡が世界の平均
である。
アフガニスタンでは10万分娩につき1900人、
52人に1人
であり、これは医療介入がなければ
こうなるという数字である
(最新の数字は8人に1人であり悪化している)。

新生児死亡や死産はもっと多い。
母子ともに、いわばお産で死ぬのは自然現象であり、
現地では誰も文句は言わない。
10万の分娩につき命を落とす母親は、
アフリカ全体では830人、アジアでは330人、
オセアニアでは240人、ヨーロッパでは24人

という数字であるが、日本では5~6人である。

日本は、スウェーデンと並び世界で最も安全に
分娩ができ国の1つ
であるのだる。
しかし0人の国はない

母子ともに分娩で命を落とすのは、
いわば自然現象の一つであり、
それを救えない医師のせいではない。

日本ではこの数字を実現するために、
多くの人が長い間努力をしてきた。
母体死亡の世界の平均的数字は、
日本では昭和の初期頃に相当
する。

歴史的にも、世界的にも、
日本の産科医療は進歩し続けて実力をつけ、
世界のトップクラスの成績を実現してきたと言える。
産科医が減っている現在でも、
臨床医は母体死亡を0にするべく努力をしているし、
新生児死亡や障害を無くしたいという思いで
働いていることは、現場にいる私は良く分かっている。

しかし現実的には、今後これ以上の
成果を出すのはかなり困難であろう。
産科医が減っていて産科医療崩壊
現実のものとなった今では、
歴史が逆戻りすることも予想されていて、
医療立て直しは待ったなしの状況にある。


(2) 医療とは何か

仰々しくこのような命題を持ちだしたのは、
本来の医療という仕事を考えた時に、
その本質を理解しないと、やはり深い溝が
埋まらないと思ってのことである。

例えば、癌を治すために使う抗がん剤は、
本来は人間の体にとっては毒である。
癌を治すために使うものといっても癌を発生させる
発がん物質ですらある。

放射線治療も同じことで、癌も治すが、
二次的に癌を発生させることもある。

というのは、主作用と副作用という
人間の体にとっては相反するような
作用を持つものであるが、
副作用のないはない。

また他の病気では重大な副作用であっても、
他の病気ではその副作用が主作用であることもある。

例えば、サリドマイドという有名なは、
本来は睡眠であるが、このを服用した
妊婦さんから生まれた赤ちゃんに
四肢の奇形が発生することがわかって、
今は妊婦さんへの使用は禁忌(使っちゃ駄目な事)である。

しかし、そのの副作用と考えてもいいであろうが、
多発性骨髄腫という血液癌の一種への有効性が
1990年ごろに確認されて以来、
患者さんを救っている。

そういうこともある。サリドマイドが発売されてから、
服用している妊婦に四肢の奇形の赤ちゃんが
多く生まれるということに気がついた医師がいたが、
まさにそのサリドマイドが胎児に奇形を起こすことを
証明することが難しく、当時大論争になった。

学者の中には、サリドマイドが原因ではないという
自分の学説を証明するために、
妊娠している自分の娘か妻に服用させて、
大丈夫であると証明したという話もある。

かくの如く、サリドマイドですら妊娠中に服用しても
生まれた赤ちゃんが必ず奇形になるとは限らないので、
予見性が困難であるのが医療である。

医療は、人間を器械を修理するように
治療するわけにはいかない。

理屈通りにはいかないし、
良く分からないことはたくさんある。   

手術にいたっては、刃物を持って人を傷つけたら
だれでも障害罪を適応されてしまうが、
医師手術でメスを用いることは許されている。

医学生ですら死体を解剖するすなわち
傷つけることが許可されている。
医師免許を持っているあるいは医師になる者だけに
許されている特権である。

しかし、このような仕事のための
特権を許可されているばかりに、
権力を持っていると勘違いしたり、
患者側も医師を生殺与奪権を持つ権力者と思う人もいる。

しかし、という毒を使えたり、人の体を
刃物で傷つけたりできることはすなわち
医療という仕事の内容であり、
それ以上でも以下でもない。

しかもそれを行うのは不完全な人間であり、
受ける側はこれも予見が不可能な
自然性を持った人間であることが、
困ったことに医療の本質であるといえる。



の使い方や量について不適切であったり間違えれば、
人間の体に悪影響を及ぼし、
障害を与えたり死亡させたりすることもあるが、
適切に用いていても予測できないアレルギー反応や
副作用がおこり障害を与えたり死亡することもある。

しかしうまく用いれば病気を治したり、
苦痛を緩和することができる。
手術にしても、病気を治すために行うものであるが、
治すことばかりではなく、目的とする治療効果が
必ずしもあがらなかったり、
合併症で予期せぬ結果が起こり悪くなることも
死亡することもある。
検査でも同様のことは起こりうる。

こういうことは医療という仕事の性質上
あり得ることである。
人間は不完全であり、間違えることもあるが、
仕事が医療であるということと、
不完全な人間が医療を行うという現実は
変えることができない。


医療提供者は、医療を仕事とすることで、
間違いをしなくなったり、神と同じような
完全な人間になれるわけではない。
そもそも人間が人間を治そうとして、
薬にしても手術にしても、そういう害を及ぼす
可能性がある手段を用いて生業(なりわい)をする
ということに、医療の根源的な問題がある。


我々医療提供側の人間は、現在の日本では、
完全に病気や怪我を治すことを求められるが、
そのようなことは神でもない人間に
できるわけはないので、

「どんな状況でも絶対に間違えずに
病気を治せ、怪我を治せ」
手術・検査・投で思わぬ
悪い結果が出たら罰を与えるし、
責任を取って罪として償うべきだ」


ということを個人として要求されていて、
苦しくなっていたたまれず、
医療現場から兆散してゆく
これが医療裁判の形をとっている
医療崩壊の実態である。

医療提供者は、医療受給者と同じ人間である。
まったく変わるところはない。

しかるに、医療を仕事とした途端に、
神として振る舞うことを要求されるのである

こんな人間性を無視した仕事の仕方や体制が、
今後継続してゆけるわけはない。
その結果が医療崩壊である。

こういった根源的な問題が理解され、
共通認識とされてはじめて、
国から免許を与えられた普通の人間が、
少なくてもその時の医療レベルで実力を発揮して
全力を尽くせば結果に関しては問われない、

という対策や体制を構築する、という
話し合いのテーブルに着くことができる。

人間なので間違うこともありうるが、
それを最大限に防ぐにはどうしたらいいのか、
という体制の構築についても話し合うことができる。

特に産科医療は、分娩あるいは妊娠中でも
患者は急変する。
予見できないのに重篤な状態になり、
母子ともに死亡することがある。

これをすべて救うことはできないのに、
専門家でもない裁判官に医師の過失
と判断されるのである。

これでは、誰も産科医になろうとはせず、
せっかく産科医としての技術を習得しても
辞めてしまう医師が後を絶たない。

現在のこの状態は、
本当に国民が望んでいる状況なのだろうか。

ごく当たり前の人間が行っている医療という仕事を、
なるべく良い状態で受けられるようにする、
あるいは提供できるようにすることは、
どちらにとっても望ましいことである。

医療提供側は忙しくて過労死する状態で休みもなく、
しかも完全な医療を要求されているのが現状である。
少し冷静に考えれば、そのようなことが普通の人間に
可能であるわけがない。

医療の本質を理解して、より良い体制を構築し、
ごく普通の人間が行っても間違いが起こりにくいような
条件のもとにできるような医療体制にしなければ、
誰でもどこでも、良好な質と量の
医療を受けられるようにはならない。
このことを真剣に議論すべき時だと考える。

引用:『桑江千鶴子先生より』


大変、気合いの入った文章なので。
一回で紹介するには、ちょっと量が多すぎるので。
今回は、ここまでにしときますね!


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この記事へのコメント
良い文章ですね……
Dr.I様>
 桑江千鶴子先生の文章、すばらしいですね。しかしまあ、この「当たり前のことを達意に書く」というのがいかに難しいか、理解されない傾向があるのは悲しいことです。ここで書かれていることが「当たり前の常識」になるとを願いたいですが、現実には難しいでしょうね……。
Lich[URL] 2008/09/15(月) 02:38 [EDIT]
>Lichさん
当たり前の事なんですけど。
いつのまにか、世間が変わってしまったんですよね。
悲しい事ですが。
Dr.I[URL] 2008/09/15(月) 20:08 [EDIT]
桑江先生講演予定
宣伝になっちゃいますが、桑江先生が大阪で講演されます。↓

http://tinyurl.com/5gcr9s

内容はおそらく、日比谷で4月に話されたもの+αだと思います。

URLが長いと、落ちちゃうんで。
短縮して、コメント差し替えました。
すいません。
風はば(代Dr.I)[URL] 2008/09/15(月) 20:12 [EDIT]
>風はばさん
教えて頂いて、ありがとうございます。

上にも書いたけど。
内容は同じですけど、コメント差し替えさせて頂きましたよ。
Dr.I[URL] 2008/09/15(月) 20:13 [EDIT]
質問
サリドマイドが多発性骨髄腫に効果あるという記事について質問ですが、よろしいでしょうか?
最近親をこの病気で亡くしました。病院での治療にこの薬があることは知らせれず、点滴などしかしてもらえませんでした。貼る湿布に似たものも貼っていました。70歳の親ですが、年齢で無理だったのか、費用の点で無理だと思われたのか、何故、医師がこれを治療に入れなかったか理由がわかりますか? 入院半年で亡くなってしまいました。痛みがひどく、モルヒネで眠るように亡くなりました。何か想像できますでしょうか。やせ細って骨と皮のようになり亡くなりました。
頭髪も抜けて、悲しい最後になってしまいました。地方の病院ですが。
kimura[URL] 2008/09/26(金) 10:06 [EDIT]
>kimuraさん
申し訳ないんですけど。
診察してもいない人で、細かい情報もわからないのに、ここでいろいろ私が言う事はできないんですよね。
専門家でもないし、私は。

>貼る湿布に似たもの
これは、モルヒネのような麻薬かもしれませんねー。
それだったら、もう助かる見込みが薄い末期の方だったのかもしれませんし。
ちょっとよくわかりません。
Dr.I[URL] 2008/09/26(金) 20:30 [EDIT]
サリドマイドについて
製薬の開発をしているものです。
いつも、先生のブログ、興味深く読ませていただいております。
分かりやすく面白い文章で医療の問題を取り上げてくださっており、天は二物を与えずというのは嘘なんだなと思っております(笑
横から口を出して申し訳ありません。

>kimura様
サリドマイドに関してですが、日本では長く不信感があったせいでしょうか。
長く承認されず、患者さん方は医師に輸入してもらい対応されていました。
(私も詳しくは知りませんが、輸入のお値段もかなりのものだったのではないでしょうか)
ようやく治験(薬の安全性、有効性を調べるため、小数の状態の良い患者さんで使用して、注意深く調査すること)の許可が下りたのは、2005年のこと。
そして、今年の8月にようやく日本で保険適応の承認が降りたのです。

kimura様のご家族を診てらっしゃった先生のお考えは分かりません。
ただ、まだ承認されていない薬であること、
日本人でのデータが取れていなく、何が起こるか分からないこと、
(外国人と日本人の体格は全く違うので、容量どころか有効性も安全性も違ってくる場合があります)
から承認されるまでご使用を控える先生も多かったのではないかと思います。
akky[URL] 2008/10/02(木) 16:22 [EDIT]

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「医療裁判で真実が明らかになるのか」by 桑江千鶴子先生。その1
このブログでは字数制限のため、4回に分かれます。 是非、元記事もお読み下さい。m(__)m http://lohasmedical.jp/blog/2008/09/post_1371.php#more 他にも、4月12日の発表などもご覧下さい。 「産科医療崩壊の危機打開と男女共同参画社会の実現へ」 by 桑江千...  [つづきを読む]
うろうろドクター | 2008/09/16(火) 22:22
?2 ?13 ??
¤??????????ä?????????????????????2007????Ŭ?и????????η?????顢????????Ū????????ξò??α??Τ????æ???ä?Ū?...  [つづきを読む]
| 2008/09/16(火) 22:39
塡?
塡? | 2008/11/03(月) 16:22
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