現役医師、循環器内科医(Dr. I)が医療について、詳しくわかりやすく解説するブログ。 引用、転載は自由ですが、その際は必ず引用元を明記して下さいね!
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医療裁判で真実明らかに?3
『医療裁判で真実明らかに?1』
『医療裁判で真実明らかに?2』
の続きです。

前回の分をまとめると。

なぜ産科医療が特に医療崩壊
先頭をきっているかといえば、
分娩は急変するし予見が難しいからです。

しかも、妊娠が許可されているような
若く健康である妊婦さんに突然起こる悲劇なので、
遺族の方にとっては容認できるような
状態ではないんですよ。

分娩は危険を伴うものなのですが、
日本では10万人に5~6人位しか命を落とさず、
身近に感じるような危険ではなくなってしまって。
分娩の安全神話」がまかり通ってしまった。

だから、いくら説明を尽くしても、家族が当初から
分娩が安全であると思っていれば、
結果が母体死亡である場合。
医療ミスではなくても、
遺族に理解してもらうことは不可能に近いんです

しかも、現在では、母体死亡はまず医療裁判になるので
産科医を志望する医学生は減り続け、
ベテラン医師、中堅医師の現場からの兆散が止まらない。
そういった理由で、産科医療崩壊は起きている。

というのが前半の話。

で、後半は
医療事故が起きたとき、遺族は、
何が起こったのか真実を知りたい
と、医療裁判を起こすのですが。

「正直に何があったのか事実を話してほしい。
でも正直に話せば、罰を受けますよ。」

と言っているのが、現在の医療裁判の論理です。

でも裁判になれば、医者といえども、日本国民ですから。
黙秘権」を行使することも当たり前にできます。
そしたら、「何が起こったのか真実を知りたい」
という願いは永遠にかなわないことになる、
という事もありえます。

そうではなくて、まず事実を知るためには、
そうすることで個人は不利な扱いを受けない、
という大原則を打ち立てて守らなければならない。

徹底的な情報の開示、透明性の確保がなされれば
医療者同士のかばいあい、はできないだろうし。
議論の質は落ちないだろうと思う。
医療界としても自浄能力が発揮されるだろう。

だから、そういう「新たな制度」を作る事が重要だ。
って話でしたね。


そいじゃあ、今日は更にその続きです。


  「医療裁判で真実が明らかになるのか」
―対立を超えて・信頼に基づいた医療を再構築するためにー
    2008.8.30   都立府中病院産婦人科部長
             桑江千鶴子


  
(5)病院勤務医師の労働環境の改善が急務
 
およそ医師という職業が国家資格として
認められたのは日本では明治時代からであり、
それほど歴史があるわけではないが、
その当時は医師と言えば開業医を指していた。
しかも開業医は全員産婦人科医でもあり
分娩を扱っていた。

例えば今年生誕100年を数えるカナダの作家
ルーシー・モード・モンゴメリーが書いた
「赤毛のアン」には、アンの結婚相手の
ギルバートという医師が出てくるが、
彼は日常的にお産に呼ばれていて、
いつも疲れている。

また「風と共に去りぬ」は南北戦争さなかで
南部の敗戦が濃厚になったころの
アトランタという都市が舞台であるが、
主人公のスカーレットは、従妹のメラニーがお産になる
といって野外で傷病兵を治療している
医師を呼びに行っている。

約140年前のことであるが、
当時病院勤務医はいなかった。
その後、医療の中身も劇的に変化して
病院勤務医が出現して、その数も多くなり、
開業医と病院勤務医の比率も変化した。

たとえば産婦人科であれば現在は
病院勤務医のほうが多い。
病院で提供する医療と、開業医が提供する医療
どの科でもそれぞれ異なるが、
その内容も年々変化している。

このような状態であるが、病院医師定数は
旧態依然としていて少なく、
実際の医療行為の量に比して不足している。
医師以外の医療従事者も不足している。

家庭や地域での怪我や発熱などへの
初期治療対応能力の衰えや、
高齢者と同居しなくなったからなのか、
高齢者の知恵が活用されなくなった
などの理由があるとは思うが、
「些細なことでも何でも病院へ」という流れが生じた。

これほど多数の救急患者を診る状態になったのも
最近のことである。
であるから、医師の労働環境については、
以前とは全く異なっている。

しかし、勤務条件を改善する努力については
まったく行われてこなかった。
ヒポクラテスの誓いにあるように
「金銭的なことは求めないという意識」、
「医は仁術」
「貧しい患者からは報酬は受け取らない
赤ひげのような医師が理想」
という意識が、医師個人の経済的なことや
勤務条件について交渉したり
不満の声を上げるのを禁じてきた。

「白い巨塔」で描かれたような大学医局のあり方や、
大学教授の絶対的権威と存在のもとで、
研修中の医師は医局の駒として動かされ、
教授が決定した派遣先には異議を唱えないこと
という暗黙の了解のもとに、勤務条件の悪い
公的病院・自治体立病院にも派遣されてきた。

医師が、医局の奴隷のような状態に甘んじた結果として
地域の医療が維持されていたという側面はある。
大学教授や病院長など医師のトップクラスが、
病院勤務医や大学病院勤務医の勤務条件を
改善する方向に動いてくれることもなかった。

この状態が平成16年度からはじまった
「新臨床研修医制度」で壊れたために、
まず勤務条件の悪い病院から医師引き揚げとなり、
医師不足が明らかになった。

大学医局や教授の権威も落ちていたため、
医師が赴任したがらない病院から医師不足が
始まったということもいえる。
24時間365日の勤務を余儀なくされる
激務の産科・救急・麻酔・小児科などから、
真っ先に医師不足が露呈した。

医師側の事情だけではなく
患者側の意識の変化もある。
以前のような「パターナリズム」が支配する
医療の状況では、患者の権利を
主張することもできなかった。

患者の権利意識の向上は、アメリカから始まった
黒人や女性の解放をめざす
「市民運動」の流れをうけたものと考えられるが、
それ自体は大変喜ばしいことであると言える。

患者の「自己決定権」や「納得と同意」にもとづく
医療の提供については、医療の質の向上や
均質化にも貢献し良いことだと思う。

しかし、実際の臨床現場では、自己決定に慣れていない
患者に対して、医学的知識も乏しいために
説明にも時間がかかったり、本人の病気への理解が
困難であったりして、混乱しているところもある。
いろいろな意味で、現在は過渡期なのだと思う。
今後、良い方向への流れとなるような努力が
双方に必要だと認識している。
 
 
現実の病院勤務医の生活について述べたい。
ある基幹病院の産婦人科医員の時間外労働は
過労死ラインと言われる月に80時間の
約2倍の160時間を数える。

つまり時間内労働を含めると
月320時間在院していることになる。
1か月24時間×30日=720時間のうちの
320時間ということは、生きている時間のおよそ44%、
半分近くを病院で過ごしているということになる。

その中には一端帰宅しても、患者が急変したり、
救急手術のために再度呼び出される時間が含まれている。
が、救急手術に備えて自宅で待機する
「オンコール制度」というのがあって、
その時間は含まれていない。

待機時間を含めて拘束時間を計算すると、
人生の大部分の時間を仕事に費やしていることになる。
精神的な拘束感覚は、実際の勤務時間以上だが
時間数にはあらわれない。

これでは正常な人間の生活や、家庭生活は営めない。
特に日本では働く女性への支援が
他の諸外国に比べてかなり貧弱であるので、
女性医師は妊娠・出産を契機に現場にとどまることは困難だ。

これは労働基準法で定められた
週40時間労働の約2倍という長時間労働である。
もし労働基準法を順守するのであれば、
在院時間だけで計算すると医師数は少なくても2倍必要だ。

しかしそのうちの半分は夜の仕事であるので、
夜勤を考えて交代制にすれば、
医師数は2倍以上必要となる。
現在、その時間外労働のほとんどの部分は無報酬であって、
「ただ働き」である。

医長・部長といった管理的立場の医師も、
仕事内容は管理ではなく外来・手術等実際の
臨床をしているが、時間外労働への対価はなく
「名ばかり管理職」でもある。

現在の病院勤務医は労働時間やその仕事の質や
リスクに見合わない低賃金労働者である。
しかし病院経営は7割が赤字となっており、
特に自治体立病院では8割が赤字経営と言われていて
一般会計からの繰り入れをいれても
赤字であることも珍しくないし、
そのほとんどは人件費であるために、
医師数の増加も賃金改善もできない。

また逆に、労働実態に合わせて医師定数の増加を定めれば、
ほとんどの病院はそれだけの医師を確保できないために
廃院せざるを得ない。
したがって病院勤務医は、根本的に
勤務条件を改善することもできない。

しかもこれほどの長時間労働を低賃金で働いていても、
ひとつ医療事故があれば裁判にかけられて、
民事であれば多額の賠償金を支払わされるし、
刑事では逮捕・勾留される可能性がある。

これほど割に合わない仕事はないとして、
産科をはじめとする激務の病院勤務医
職場を放棄しはじめたのが、医療崩壊の本質である。
すべてを今のままとして、医師だけに負担を強いる状態では、
過労のため集中力の低下が起こり、
ますます医療事故や医療過誤がおこりやすくなる。

また、医療側にも、医療事故を起こすのではないか
という不安やあるいは患者からのクレームの増加に対する
精神的負担も大きくあり、厳しい医療現場から
逃げ出してもいるし、うつ病などの病気で
働き続けられなくなっている医師も多い。

良質な医療を提供するためには、
まず提供側の人間は心身ともに健康でなければならないか、
あるいは健康を維持できるような
労働条件でなければならないだろう。

多くの病院勤務医が過労死をしたり、
過労のために自殺を余儀なくされたり、
うつ病になったりしている状態で、
どうして良質な医療提供ができるだろうか。

このような労働条件のもとで働いている医師
一瞬のミスも許さないというのは、
あまりに過酷であるし、現実的でもない。

まず、勤務条件の改善と医師不足の改善をしてから
はじめて医療事故のないあるいは少ない職場が実現できる。

そのためには病院でしかできない治療や検査に関しては、
少なくても病院経営が成り立つような
保険点数を付与するべきである。
入院診療にも相応の対価を支払い、
十分な医療スタッフを確保できるようにするべきである。

医療費全体のパイを増やして、患者さんは安全で
安心な医療を受けられるように、医師は現場から
逃げ出さなくても済むように、そのための
人員配置ができるような診療報酬を設定するべきである。

これから日本は未曾有の高齢化社会に突入するが、
高齢者は自分が病気になった時に、
快適に過ごせるような環境を確保するためには、
できる人はそれなりの経済的負担をすると思う。

高齢になれば、お金儲けには関心が低くなり、
健康問題には関心が高くなる。
それなりの環境で安全で快適な医療を受けるためには、
負担をいとわない人も多くいるだろう。

医療費の高騰を防ぐというより産業として
育成すると考えれば良い面もある。
医療周辺で生じるサービスをビジネスチャンス
と考える人も出てくるだろう。
新たな雇用の創出もできるだろう。

国民は医療への投資は容認すると思う。
何と言っても健康が維持できなければ、
働くこともできないし、人生を楽しむこともできない。

病気になったらすべてを失ってしまうのではなく、
また健康を取り戻して働くことができれば、
税金も納めることもでき、国は潤うわけであろう。

医療費は抑制するばかりでなく、
サービス産業と考えて発展的にとらえるように
出来ないのか、発想の転換ができないのかと思う。


(6)最後に・・信頼に基づいた医療を再構築するために

どのような仕事でももちろんそうだと思うが、
とりわけ医療医療提供者側と医療受給者側との
信頼関係がなければ成り立たず、
成果をあげることもできない。

しかるに現在のようなお互いに相手に対する
不信感に満ちている状態で、仕事をしてゆくことはできないし、
成果を上げることはできないだろう。

このような状態が続くことは、双方にとって
不幸で不利益以外の何物も生み出さないことは、
少し考えればわかることだ。

なぜこのような状況になったのかは別として、
対立を乗り越えるためには、
相手を理解できなければ乗り越えることもできないだろう。

医療提供者側の人間も医療受給者側になることもある。
医療受給者側の人間も、医療提供者が
身近にいることもあるだろう。
お互いを理解しあうことは不可能なのだろうか。

相手の立場に立って考えることはできないだろうか。
あるいは相互理解を阻むものは何なのか。

今まで考えてきた観点からの提案をしたいと思うが、
前提として以下のことが理解されなければならないと考える。


≪前提とする事項≫

医療の歴史は試行錯誤であり、
歴史的に進歩してゆくものであるが、
現在もまたその途中である」

「日本の医療の世界の中での位置づけは、
医療費・医師不足にもかかわらず
質量ともに世界のトップクラスの医療提供を実現している」

「低医療費の中身は、病院勤務医師
看護師などの数が少なく、
総じて人件費が低額であることが大きい」

「人間は不完全な生き物であり、
常に完璧を要求しても実現できない。」

「個人の問題だけではなく、体制の問題にする必要がある。」

「真実を知ること・再発を防止することと
懲罰感情・報復感情とは両立しない」

医療は本来障害的・致死的仕事であり、
それを不完全な人間が行うことが医療の本質そのものである」

医療事故は起こした側も、受けた側同様に
悲嘆にくれ悲しんでおり、その後の人生や仕事も左右する。
悲しみを共有し、短時間に事実を知り、
対策を立てることが共通の利益である。」

「現在進行している医療崩壊を食い止めることは
国民的課題であるし、お互いの利益でもある」

「信頼関係を構築しなおさなければ、
満足のいく医療を受けたり提供することはできない」


≪具体的な提案について≫

医療事故が起きたとして、事実を正直に話せるような
体制の実現―話すことが個人の不利にならないようにする」

医療事故は死亡例のみならず、すべての事例を対象とする」

「話された事実に基づいた専門家集団による調査の施行と報告」

「この段階であまりに些細な事例は排除される可能性を含む」

医療事故を受けた側の悲しみに共感し傾聴する機関の存在」

「専門家集団による調査経過・調査結果の開示。
その場合の透明性を確保する必要性」

「専門家集団の自浄能力の発揮・自律性の確保」

「再発防止策の提言と実現」

「犯罪との区別と警察の関与について」

医療事故被害者への経済的補償」

「悪質あるいは高度過失事例を行った医療者の
評価と研修、免許の取扱について」

「立法・行政・司法との対等で真摯な協議の努力」

医療提供者の健康被害の防止と
勤務環境の整備と待遇改善」

病院経営の健全化とそれによる適正な人員配置」

「信頼関係の構築に向けての相互の努力」等
   

医療は提供者側と受給者側相互の
信頼関係に基づいた契約関係であるので、
現在のような不信感に満ちた関係では、
実際の行為の医療崩壊だけではなく、
信頼関係の崩壊がその本質になってしまうだろう。

何とかこれを払拭して、新しく愛情と英知に満ちた
医療制度を作り、後世に残さなければならない。  

 
これから生まれてくる子供たちや、
育ってくる若い世代に向けて、医療提供者側と
医療受給者側、双方が100点満点ではなくても、
それなりに満足できる体制を再構築するために、
今後より一層努力してゆかなければならないと考える。

以上


『桑江千鶴子先生より』


医師の労働環境は、すごく悪い。
若手、中堅の平均的な医師であれば、
月に時間外労働80時間以上です。
この労働時間は、労働基準法でいえば、
過労死の基準のうちの一つだ。
という話は、何回かこのブログでも書いていますね。

しかも、この労働時間には、
当直」は、入っていませんし。
緊急で何かあった場合に家で待機する時間も、
もちろん入っていません。
欧米では、待機時間や当直中で、寝ている時間も
労働時間に入れる、っていうのは当たり前なんですけどね。

しかも、医者の場合は、患者の命を扱いますし。
一回訴えられれば、数千万円、場合によっては一億円以上、
っていう訴訟のリスクもあります。

お産を扱っている産科医であれば、
訴訟リスクは、年間1000人に14人
25歳で医者になって、このペースで40年やれば、
2人に1人は訴えられる、って計算ですね。
お産を扱う産科の医師の場合は。

ものすごい、訴訟リスクですよ、これ。
当然の事ながら、ストレスもすごいです。

日本は世界の中でも、自殺率がトップクラスの国です。
先進国の中ではトップで、
年間3万人の方が自殺で命を失っています。

自殺の動機・原因の一位、二位は、
健康問題」、「生活苦、経済的理由」、
なんですけど。
医者の場合は、簡単に言うと、
人の2倍働いて、人の2倍の給料」ですから。

経済的な理由で自殺する方は、ほとんどいません。
それなのに、医師の自殺率は、
他の職種の1.3倍も高い
んですよ。

参照:『医師の自殺率は30%も高い』

いかに、医師という職業には「ストレス」がかかっているか。
これを見てもわかると思います。


>ある基幹病院の産婦人科医員の時間外労働は
過労死ラインと言われる月に80時間の
約2倍の160時間を数える。


産科は、医師の中でも労働時間長い科ですから。
若い産科医でも、この位働いている方は、
結構いるのでしょうけど。

これって、本来あってはいけない事だと思います。
長時間働いたら、ミスが多くなる
っていう事は、明らかな事ですから。

患者の命を扱う医師を、医療ミスが出やすい状態にして、
そのまま何の改善策もとらない

というのは、明らかに「政策のミス」、と言えると思います。

産科医じゃなくても、研修医だったら、
このくらい働いてる人もいますけどね(笑)

『研修医の労働時間』


以前からこのブログで書いている通り。
医師を増やして、医療費も増やす。
医師以外の医療従事者の数も増やす。


そしたら、医師患者にもっと時間をかけて
接する事もできますし。
医療ミスも減ります


そうなれば、桑江先生も言っている通り、
医師患者との信頼関係を築く事ができますから。

それこそが、日本の医療を崩壊から救う、
唯一の手段
なのではないでしょうか。


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この記事へのコメント
欧州連合では、州48時間までの欧州労働時間法が医師にも適応されることになりました。
それ以上は働いたらダメってことです。
欧州の医師は労働者意識が強いですから、夏季休暇は専門医トレーニング中の医師でも3週間とりますし、週5日制。
以前、オランダにいたとき、大学病院の循環器内科のICU勤務が3交代制ではっきり分けられていたし(1週間ごとにシフト交代)、夏休みを3週間きっちりとって海外に出かけた医師もいます。当然の権利として認められています。
私のいたセクションは、カンファレンスが夕方5時から始まったり、朝はボスと一緒に7時30分から病棟回診と、循環器内科の中では時間的制約が多かったのですが、予定が無いときは夕方5時過ぎるとみんないなくなっちゃう・・、夜間の病棟の急変はICUの夜間シフトの医者が全部診てくれるなど、日本では考えられない勤務状況でした。
わたしは自主的に毎晩7時過ぎまでいて(大学病院からアパートまでトラムで20分くらいと近かったせいもあるけど)、休日も朝と夜はICUの患者を診に来てました(アンタ、日本からわざわざ臨床トレーニングで留学してんだから、休日でもそのくらいやりなさい、っていうボスの命令だったから)。

にしても、みんな勤務に余裕がありました。

そうそう、故意でない診療関連死が刑事事件かなんてありえないでしたね。
問題がある医師は再教育を受けていましたが。
鶴亀松五郎[URL] 2008/09/24(水) 00:12 [EDIT]
結局は……
Dr.I様>
 究極的には「良いサービスを受けるためにはそれ相応の資源が必要である」と言うことに尽きると思うのですが、現状では医療は「コストは最低限、サービスは最高水準」であることが「当たり前」にされているのが問題ですね。何事も「サービスに見合ったコストを支払う」ことが必要だと思うのですが、それが行われない現状は、悲しむべきことですね……。
Lich[URL] 2008/09/24(水) 01:19 [EDIT]
>Lichさん
全部いっぺんになんでも、っていうのは所詮無理な話なんですけどねー。
それをわかってもらえないのがつらいです。
Dr.I[URL] 2008/09/24(水) 21:48 [EDIT]
ヨーロッパの医師めちゃくちゃ休み取ってますね(あくまでも日本の基準から見てですが)。それでもサボってるなんて言われないんですよね。うらやましい…。政治家・官僚の中には女性医師の労働環境を整備すれば医師不足は改善するなんてことを言ってる人もいますが、男性医師の環境も同時に改善しないとみんな馬鹿馬鹿しくってやめちゃってさらに医師不足になるのは確実ですね。もし「女性は医師にはなれません」という法律ができたら医師不足は改善することでしょう(念のため言っておきますが皮肉です)。その時はもはや日本は先進国とは見做されないでしょうが。
[URL] 2008/09/25(木) 02:42 [EDIT]
>石さん
日本の感覚からしたら、夏休み5週間とか2ヶ月とか。
ものすごい、うらやましいですよねー。
でも、医師以外の職種も、必ず取っていますし。
国によっては、法律でこれ以上休まないといけない、って決めている国もあるしね。

女性医師だけでは駄目でしょうね、明らかに。
その分、男性に負担がかかる、って事になりかねないし。
Dr.I[URL] 2008/09/26(金) 20:34 [EDIT]
週48時間までの欧州労働時間法がEU加盟各国で適応されますが、イギリスでは2009年に導入となります。
しかし、英国の医師、特に研修医はこの法律の実施を問題視しています。
イギリス医師会のプレス・リリースから。

NHS must not sleepwalk into working hours crisis says new junior doctor leader (issued Saturday 20 Sep 2008)

http://www.bma.org.uk/pressrel.nsf/wlu/GFLR-7JNG44?OpenDocument&vw=wfmms

2009年から週48時間の欧州労働時間法が適応されると、それまでの週56時間までから8時間の労働時間短縮となる。それにより、特にjunior doctor(日本の研修医と専門医資格取得前の医師)が充分なトレーニング時間を確保できなくなる危険がある、と述べられています。

・・別のプレス・リリースでは、産婦人科トレーニング時間の短縮で、同じように充分なトレーニング時間の確保が難しくなることを英国産婦人科専門医会が指摘したニュースもありました。

・・労働時間の短縮はある意味では喜ばしいけれども、医師のトレーニング時間の短縮の問題がある、日本では、逆に働きすぎですね。
鶴亀松五郎[URL] 2008/09/26(金) 22:03 [EDIT]
>鶴亀松五郎先生
資料、ありがとうございます。

個人的には、研修医の時には自主的に残って仕事というか、勉強していましたけど。
病院で勉強してると、急患が来たときとか、非常に為になる事があるんですよねー。
家に帰って勉強するのも良いんだけど。
そういうのも駄目、ってなると実戦経験がなかなか身に付かないから。
結局、一人前になるまでに時間がかかる、ってだけの事もあるんで。

明らかに、過労になるような働き方はいけないけど。
制限しすぎるのも問題ですよね。
Dr.I[URL] 2008/09/28(日) 00:18 [EDIT]
おひさしぶりです。
しばらくROMっててすみません。

Lichさんの言われる通り、医師は最高のサービスを提供することを要求されていながら、それに対する保障は無くて、訴訟などのリスクばかり抱えている気がします。

最高のサービスを提供するために、学会に参加したり、専門医を取ったり、講習を受けたり、学位を取ったりって行為は、自分で資金と時間を捻出して行いますし。

ホント、僕らのやっている仕事ってなんなんだろうと嫌になることがあります。。
ss[URL] 2008/09/29(月) 22:11 [EDIT]
>ss先生
コメントはお久しぶりです。

最高のサービスをするのはよいんだけど。
それには、ある程度対価もほしいですよねー。
お金とかだけでなく、尊敬とか感謝の念もなくなったら、もうこっちもだんだんモチベーションが低下しちゃいますからね。
Dr. I[URL] 2008/09/30(火) 07:11 [EDIT]

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namae9200
?Ф??äΤ?Х?ä  [つづきを読む]
namae9200 | 2008/09/27(土) 21:59
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